リストに戻る
走れ!バカップル列車
第93号 ななつ星in九州 阿蘇〜博多



   二

 案内されたテーブルはこんども一号車だった。ただし、展望窓に面した最後部ではない。いろんな乗客が座れるよう順番を決めているのだろう。
 ななつ星の旅でいただく最後の食事である。トリを飾る料理人はななつ星調理室所属でななつ星料理長の角川雄三さん。料理学校卒業後、アメリカに渡り修行を積んだという。パンフレットには、山海の幸に恵まれた九州七県の食材を使い、地元生産者の想いをものせた料理を届けたい、とメッセージがあった。
 テーブルに置かれたお品書きだけでもてんこ盛りだ。
     *     *     *
 ななつ星のお弁当
  上段
  ・金のトマトジュースと季節のピクルス
  ・白身魚の昆布締め
  ・車海老
  ・ななつ星謹製辛子明太子
  ・魚介の酒盗焼き
  ・白和え
  下段
  ・筍の梅肉ソース和え
  ・じゃが芋金平
  ・ワイン牛の味噌漬け焼き
  ・鱒と里芋の茶巾巻き
  ・生麩田楽
  ・季節の野菜サラダ
  ご飯
  ・季節の土鍋ご飯
  吸物
  ・黒さつま鶏のつみれ汁
         すまし仕立て
  甘味
  ・ななつ星オリジナルコーヒーの
   シフォンケーキ
  ななつ星料理長 角川雄三
     *     *     *
 待つうちに二段の木箱にはいった和食のお弁当がやってきた。食レポ番組ではないが宝石箱のようである。上段をテーブルの左側に、下段を右側に置く。メニューの順番でいうと料理は右上から時計回りに並んでいる。上段でいうと、ピクルスが右奥にあってその手前に昆布締め、左に車海老……という順だ。
 しばらくすると大きな土鍋ごはんがやってくる。白身の焼き魚にいくらがまぶしてある。ぜんぶ食べられるか不安に思ったが、まず炊いた状態のものを見せてくれるだけだった。ひとり一人のぶんはあとでお茶碗によそって、つみれ汁と一緒に持ってきてくれた。
 列車は大分平野に入った。高架線を走っている。12時32分、高架駅に変貌した大分駅の五番のりばに到着した。みつこさんと私が寝台特急富士(バカップル列車第25号)で大分に来たのは二〇〇七年。このときはまだ地上駅だった。その五年後、二〇一二年に大分駅は高架化されている。うっかりしている間に長崎も熊本も大分も、みな高架化され、駅の景色は大きく変わった。
 停車時間は一時間一〇分と長い。久大本線に入るには来た道を戻るような格好になるので機関車を七号車側から一号車側へつけかえる。食べながら窓の外で機回ししているのをなんとなく眺める。
「ご飯のおかわりはいかがですか?」という誘惑の声が耳に入ってくる。思わずお茶碗を渡してしまう。「えー、食べられるぅ?」とみつこさんが怪訝な顔をするが、どういうわけかぜんぶおなかの中に吸い込まれてしまった。みつこさんは呆れている。
 デザートにコーヒーからつくったシフォンケーキが出てくる。さすがにもう食べられないと思って向かいのみつこさんを見ると、涼しい顔で食べている。「別腹だから」。「別腹」というのが私にはどうにも理解できない。人間の胃袋はひとつのはずだ。茶系のスポンジに白い生クリーム。シナモンかなにかのパウダーがまぶされている。みるからにおいしそうだ。目の前に置かれると視覚だけでやられてしまう。紅茶の助けもあって、私もぜんぶ平らげた。自分の胃袋も理解できなくなった。

 ななつ星最後の食事も一時間ほどで終了し、七〇一号室に戻る。車端部の窓には全面的に視界が開けている。いままで連結されていた機関車が一号車側に機回しされ、ここから終点博多までの約四時間はこの七号車が最後部になる。七〇一号室から最高の景色が眺められるときがいよいよやってきた。七号車が最後部になる区間は昨夜から未明の長崎〜鳥栖間でもあったのだが、あたりが真っ暗で景色は眺められなかったのである。
 小田急ロマンスカーなどは先頭部分に展望席があって、前方の眺めが良いのが人気だが、客車列車だと前方には機関車がいるから、そうはいかない。とはいえ、最後部の展望車は国鉄時代の特急「つばめ」からの伝統であり、寝台特急「トワイライトエクスプレス」の一号車「A個室スイート」、寝台特急「カシオペア」の「カシオペアスイート(展望室タイプ)」に引き継がれてきた豪華列車の特等席である。阿蘇で再会したミネさんが何十キロもクルマを飛ばして由布院まで来てくれるのもそのためだ。最後部の展望窓から見える私たちを撮影してくれるからである。
 13時42分、大分駅を発車した。日豊本線、豊肥本線、久大本線の三路線が分岐する駅だけあって、数多く並ぶ線路から線路へポイントをゆっくり渡りながら構内を進んでゆく。日豊本線、豊肥本線を右側(進行方向左側)に見送り、列車は久大本線(大分〜久留米間)に入る。
 大分駅を出てほどなくして吉村さんが「おみやげです」といって大川組子の製作キットをふたつ持ってきてくれた。横幅十四センチ、厚さ一・五センチほどの正六角形の箱だ。昨日の旅程で、組子製作体験を選ばず有田窯元見学へ出かけた乗客に使わなかったキットを配っているのだろう。
「ひとつ作ってみましょうか!」てっきり置きに来ただけかと思ったら、吉村さんは箱を開けてつくろうとしている。中には組子細工がつくれる部材が入っていた。組立説明書を広げて、こうやってつくるんですよ、と実演してくれる。慣れたもので、吉村さんはものの二、三分で大川組子のコースターを完成させてしまった。「もうひとつは帰ってから家でつくってみてください」  由布院までの線路はほぼ大分川に沿って西に向かう。大分平野の市街地を抜け、川が刻む谷に分け入って行く。緑に囲まれた線路が滑るように向こうへ過ぎてゆく。待ちに待った最後部からの眺めだ。思う存分楽しむことにする。



next page 三
リストに戻る