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走れ!バカップル列車
第92号 ななつ星in九州 大村〜阿蘇



   三

 ななつ星は、22時30分、長崎駅を発車した。こんどは列車としての出発である。
 機回しを終えたあと留置線からいったん五番のりばに戻ったのは、留置線から直接本線に出られないことと、機回し前に乗り遅れた乗客がいた場合の救済のためであろう。
 現川(うつつがわ)に停車した。こちらはお酒と音楽とで夢とうつつの間を彷徨っている。みつこさんがそろそろ戻ろうという。楽しげな音楽は続いているがラウンジカーを後にした。
 七号車に足を踏み入れたところで人の気配がした。女性車掌が通路の窓を開け、外を見ている。ニシヤマさんだ。無線機片手に交信している。現川発車の安全確認だ。七号車には車掌用設備があるのだが、いわゆる車掌室があるのは進行方向右側(長崎から博多方面へ向けて走行中)で、左側にはない。現川のように左側にホームがあるときは、通路の窓を開けて必要最小限の機器で車掌業務を行う。乗客が通るところで車掌業務などできないが、ここを通る乗客は最大で四名。特殊な条件だからこそできる車両設計なのだろう。
 ニシヤマさんに会釈して前をとおる。部屋に着いてまもなく列車は現川を発車した。定刻23時05分発。
 夜も更けたので寝室の区画に落ち着く。みつこさんは一足先にふとんに潜り込んでいる。ふつうのベッドである。ブルートレインにはなかった、ゆったりとした空間だ。適度な揺れと線路のジョイント音が心地よい。
 明日五時までしばらく寝ることにする。目を閉じてじっとする。夢をみているような、みていないような変な感覚。眠りが浅い。
「五時!?」 ハッとして目がさめる。時計をみるとまだ二時過ぎだった。わりとぐっすり寝た感覚だったが、二時間も寝ていなかった。再び目を閉じるが、三時台にも四時台にも目をさます有様。それでも寝てはいたのだろう。鳥栖で一時間近く停車して機回ししたのもまったく気がつかなかった。
 五時に起床するのは理由があった。豊肥本線立野駅のスイッチバックを見学するのである。
 列車は鳥栖から鹿児島本線を熊本まで南下し、熊本から針路を東へ向けて豊肥本線(熊本〜大分間)に入る。豊肥本線は阿蘇山を東西に横切る路線で、五時半ごろ阿蘇山の入口にあたる立野駅に到着する。スイッチバック区間を「推進運転」するので一号車で車掌が安全確認作業を行う。その様子を見守ろうという趣向である。
 目覚ましが鳴る。本当の五時になった。ふとんを抜けだし、すやすや寝ているみつこさんを置いて七○一号室を出る。

「一番乗りです」一号車の最後部で準備を整えていた車掌の山之口さんに声をかけられた。昨夜の喧噪と同じ場所とは思えないほど、室内はしんとしている。しばらくして同世代くらいのカップル、その後に熟年のご夫婦が来て、乗客五人でスイッチバックを見守ることになった。
 五時二十六分、立野駅に着いた。機関車は七号車側(東側)にあるから、一号車からの眺めは良い。編成の先端だからか、ホームからはみ出たところで停車している。豊肥本線の普通列車は通常二両程度だから長いホームは再建しなかったのだろう。信号機が二組あって「大分」「熊本」と方面別の標識が掲示されている。いまはどちらも赤だ。
 山之口さんは無線で二号車にいる古川さんと交信している。一号車にはブレーキ弁がないからだという。作業の傍ら乗客のためにスイッチバックの解説をしてくれる。立野のスイッチバックは地図でみると「Z」を左右反転したような線路配置で、逆Zの右下が立野駅、左上が「転向線」と呼ばれる折返し線である。ジグザグに坂を登る仕組みだ。
 阿蘇山は世界でも有数の大型カルデラ火山である。真ん中に阿蘇五岳(中央火口丘)(あそごがく)があってその周囲に平地(カルデラ盆地)があり、さらにそれを取り囲む山(外輪山)が円形にめぐっている。立野は外輪山の西端が切れた火口瀬にあって、その切れ目を利用して外輪山の外からカルデラ盆地に入る。白川という川が流れ、国道57号線も通っている。立野から阿蘇五岳の南側方面へは南阿蘇鉄道(立野〜高森)が通じている。
 五時二十九分、「大分」方面の出発信号機が黄色になった。ゆっくりと発車して良いという合図だ。古川さんと機関士が交信する声が無線機から聞こえてくる。
 進行方向が変わり一号車を先頭に発車した。ここから「転向線」まで一キロ余りの区間(逆Zの斜め線部分)を後押しして走る。
 左側の線路から右側の線路へポイントを渡る。国道の陸橋をくぐる。陸橋の上には早朝にもかかわらず、ななつ星を撮りに来た鉄道ファンが二、三名いた。熊本方面の線路と別れ、単線の線路を進んでゆく。
 推進運転だから速度は時速二十五キロに制限されている。茂みの中をゆっくりと進む。じわじわと坂道が急になる。「この区間の勾配は九州でも一番急な三三・三パーミル(‰)となっています」。
 かなり登った。大分方向からの線路が右から近づいてきてポイントで合流する。ここからスイッチバックの「転向線」だ。カーブの先に「×」マークが示された車止めが現れた。ヘッドライトに照らされて白く輝いている。
「ななつ星のためだけに八両分の長さを残しています」という山之口さんの言葉どおり、本当に八両分ギリギリに作られている。ぶつかるんじゃないかというくらい「×」マークが近づくがまだゆるゆると動いて停まらない。
 ほんの数メートルのところで停まったかと思えば間髪入れず、逆方向に動き出した。「ここは信号が変わるとすぐ発車します」。
「×」マークが遠ざかってゆく。こんどは大分方向の線路に入り、列車はさらに坂を登る。いま登ってきた立野駅からの線路が瞬く間に谷側に下がってゆく。スイッチバック区間は終了した。
 白川が流れる深い谷が進行方向右下に広がっている。新しく架け替えられた国道の新阿蘇大橋があり、その先では途切れて崩れたままの旧阿蘇大橋が異様な姿をみせる。二○一六年四月の熊本地震で大規模な土砂崩れが発生し、このあたりの線路も道路も甚大な被害を受けた。肥後大津〜阿蘇間は永らく不通の状態が続いたが四年後の二○二○年八月に復旧した。復旧といっても先ほどから見ていると線路はほとんど敷き直している。線路の砂利も、崖を固めるコンクリートも真新しい。立野駅も作り直した。ホームの長さが短くなったのはそのためである。
 火口瀬の深い谷を抜け、列車はカルデラ盆地に入っていた。「景色が変わりましたよね」。左右に水田が広がる。平坦区間になってスピードも出てきた。カタン、カタンというジョイント音が軽やかだ。



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