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走れ!バカップル列車 第92号 ななつ星in九州 大村〜阿蘇 |
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二 あたりはすっかり暗くなった。旅のメインイベントはあっというまに過ぎて、いったん七号車に戻る。ダイヤは長与からほぼ定刻に回復している。20時19分、ななつ星は長崎駅五番のりばに到着した。 ホームに一歩降り立って、時の流れを思う。前にみつこさんと私が揃って長崎に来たのは二○○五年、およそ十七年前のことである。ブルートレイン「あさかぜ」と「さくら」で東京〜長崎間を往復した(バカップル列車第6号・第7号)。広かった地上駅は、小ぎれいな高架駅に建て替えられている。行き先「東京」の電光掲示板があったあの駅はもうない。5番のりばのすぐ隣には西九州新幹線のホームが開業を待つまでになっている。 長崎には20時19分から22時30分まで停車する。十七年前の長崎滞在時間は三時間五十七分だったが、今回は二時間十一分だ。どんどん短くなる。 ななつ星の乗客は切符を持っていないので、この間、駅の外を自由に行動することはできない。もちろん、乗客を楽しませる工夫はしてあって、最初の十五分は長崎名物の変面ショーを観劇することになっている。 ホーム上に即席のステージが出来上がっていて、観覧席のベンチが用意されている。ななつ星の乗客は好きなところに座ってショーのはじまりを待っている。 変面ショーは中国伝統の「川劇」の中で誕生した技巧で、演者が手や扇子で顔を隠した一瞬の隙に瞼譜(お面)が変わっていくというもの。長崎では孔子廟を中心に盛んに演じられているらしい。しばらく待つと衝立の向こうから華やかな衣装を纏った変面師と呼ばれる役者さんが登場した。線の細い小柄な体格はまるで少年のようである。 変面師は音楽に合わせて、くるりくるりと回り軽やかな踊りを見せながら、一瞬のうちにお面を別のものに変えて観客を驚かせる。どのように面を入れ替えるかは秘伝らしい。薄い布を次々と剥がしていくようにもみえる。特殊なカメラで撮影すれば秘密がわかるのかもしれないが、肉眼ではとてもわからない。 最後にななつ星のマークをあしらったお面が出てきて、さらになにが起こるかと思ったら役者さんの素顔が出てきた。なんとあどけない雰囲気を残す若い女性であった。心なしか華奢にみえたのはそのためだったのか。ふたたびホームに大きな拍手が湧き起こって変面ショーは閉幕した。 その後しばらく自由行動時間になったが、二○時五五分までに戻るようにいわれ、ホームで適当に写真を撮ってから七○一号室に戻る。 発車時刻までまだ一時間半もあるのに車内に戻らないといけないのは、ななつ星がホームから離れるからだ。長崎は西の端の行き止まりの駅なので、来た道を戻るために機関車を付け替える。列車が本線上を走行する場合、原則として機関車は先頭に連結しなければならないのである。この付け替え作業のことを鉄道オタクは「機回し」と呼ぶ。毎日の服装をやりくりする「着回し」は音が同じだが意味が異なる。 現時点でななつ星の機関車は七号車側(博多とは反対側)に連結されている。ホーム周辺には機回しをする側線などの設備はないので、駅東側の留置線まで移動して機関車を一号車側に連結する。 二一時○五分ごろ、ななつ星は静かに長崎駅を発車した。発車したといっても列車という扱いではなく駅構内の入替作業だろう。機関車が客車を後ろから押す「推進運転」だから安定性が悪く、スピードは出せない。ギギギーッと金属の軋む音を出しながら、そろりそろりと移動する。 機回し作業用の留置線に停車すると、作業員がやってきて七号車のすぐ前で機関車と客車を切り離す準備作業をはじめる。連結器の左右両側に一人ずつ、計二人での作業である。作業員といっても機回しの作業はもはやななつ星だけだろうから、駅に常駐の作業員がいるはずもなく、八人のクルーのうち誰かがこの作業にあたっているはずである。ヘルメットにつけたランプがしきりに揺れてあちらこちらを照らしている。暗い中での複雑な作業には頭がさがるばかりである。 二一時一五分ごろ、無事機関車が七号車から離れた。隣の側線を通ってこんどは一号車側に連結されることだろう。 「十時から一号車でバータイムがはじまりますから来てくださいね」 夕食の後、吉村さんにそう言われていた。部屋でくつろいでいたところにまた外に出るのは億劫だが、出発前に「お伺い書」でリクエストしておいた音楽の生演奏があるようだし、みつこさんも行こうというので重い腰をあげることにした。 再び一号車「ブルームーン」に来た。驚いたことにこんな深夜に席がほぼ満席だった。乗客は私たちより年輩の方々が多いはずなのに。空いていたテーブルに案内されて、みつこさんはノンアルコールの、私はアルコール入りのカクテルを注文した。 部屋の中央にはアップライトの電子ピアノがあり、水色のドレスをまとったショートヘアの女性がすでに演奏をはじめている。隣では薄紫のドレスの女性がバイオリンを弾く。こちらは長い髪をポニーテールでまとめている。 演奏される音楽は、曲名はもちろんのこと、誰のリクエストなのかのアナウンスがない。リクエストした当人だけがわかるということだ。なかなかおもしろい。自分のリクエストした曲がいつ演奏されるのかもわからない。飲みながら聴きながら楽しみに待つということだ。 しばらくするとみつこさんがリクエストした昭和歌謡曲の演奏がはじまった。歌はつかない演奏なので、みつこさんが曲に合わせて口ずさんでいる。 続けて私がリクエストしたイエロー・マジック・オーケストラ(YMO)の曲になる。いまにして思えば、なぜこんな曲をリクエストしたのか自分でも不思議である。電子音楽の生演奏はなかなかむつかしいだろう。「リクエストしたの誰だよ」といわれやしないか、ハラハラした。ところが演奏のお二人は電子ピアノのパーカッションを駆使しながら鍵盤とバイオリンとでうまく演奏してくれた。 |
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