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走れ!バカップル列車
第92号 ななつ星in九州 大村〜阿蘇



   一

 五分ほどで一号車までやって来た。
「こちらです」と案内されたのは一番テーブル。最後尾に左右用意されたテーブルのひとつだった。「すごいね!」みつこさんも感激して展望窓からの景色を眺める。レールと枕木が足もとから出てきて次から次へと彼方に去ってゆく。
 みつこさんには展望窓の外を眺めやすいように進行方向側の席に着いてもらい、私は展望窓を背にする側に座ることにした。同じく展望窓に面している進行方向左側のテーブルには四十代くらいのご夫婦が座っていて、奥さんが旦那さんに熱心になにか話しかけている。
 持ってきたカメラを後ろの窓枠に設置して、動画を撮らせてもらうことにした。諫早に到着した。大村線と長崎本線が合流する駅であり、私鉄の島原鉄道が発着する交通の要衝で、九月には西九州新幹線の駅も開業する。一八時二六分ごろ到着したから遅れは十四分までに回復している。本来のダイヤなら諫早には十三分停車するが、すぐに発車したので遅れは早くも二分程度に縮まった。
 待ちに待ったディナーは長崎県産の海の幸、山の幸をふんだんに使ったメニューである。
     *     *     *
長崎産真鯛のタルタルとキャビア
ビーツのソース

フレンチオードヴルヴァリエ
食花のブーケ 菜園家風

春野菜と県産馬鈴薯の2色のスープ
カプチーノ仕立て

野母崎産伊勢海老のハーブパン粉焼き
アメリケーヌソース

長崎和牛ヒレ肉のグリルとプレゼ
旬野菜のパイ包みと共に

長崎産ヤリイカのクネル
あご出汁香るフュメとプチサラダ

ショコラとピスターシュのムース
バニラアイスとフルーツ添え

コーヒー又は紅茶

ホテルニュー長崎(長崎)特別顧問 國友 義弘
     *     *     *

 まずは乾杯。みつこさんはお酒が苦手なので白ワインぽいジュースを、私は柄にもなく白ワインを注いでもらった。室内にはオペラ曲が静かに流れている。
 ほどなくして最初のお皿(長崎産真鯛のタルタルとキャビア/ビーツのソース)がくる。島の周りに赤い輪が取り巻いてるような小さなお皿だ。おなかも空いているのでぺろりと平らげてしまう。
 一八時三八分ごろ、二分遅れで喜々津に停車した。三本線路があるうちの真ん中の線路に停まる。田舎の小さな駅だが分岐駅である。この駅から浦上の間まで長崎本線は旧線と新線に分かれる。発車予定時刻は18時52分だから、ここで定刻に回復できるだろう。
 大きな窓から駅周辺の街並みがみえる。ホームのすぐ先に踏切があって、開いたと思ったらまた閉まる。まもなくして白い車体の博多行き特急かもめが通過してゆく。その数分後には長崎行きの特急も通過した。
 停車している間にふたつ目のお皿、オードヴルが出てくる。菜園家風とあるとおり、四角い線が菜園を表現しているのか。四角い敷地に囲まれてひとくちサイズの料理がカラフルに並んでいる。パンとバターが出てきた。バターが星形になっている。
 発車予定時刻になったが、ななつ星は一向に発車しない。そうするうちにも電車やディーゼルの普通列車が上下五本も出入りする。夕方のラッシュ時間帯だからか、地方路線とはいえ運転本数がなかなか多い。
 三皿目はスープだ。緑色と黄色に分かれたスープの上にカプチーノのような泡が載っている。気がつけばワインのグラスが空いていて、次なに飲みますかといわれ、ウイスキーのロックを注文してしまった。みつこさんに「大丈夫?」と心配される。

 ようやく列車が動き出した。一九時一三分(定刻18時52分)、喜々津には三十五分も停車していた。着いたとき街には西日が差していたが、ちょうど日没時刻を過ぎ、あたりは完全に影ってしまった。列車は針路を右(北側)にとり、長与支線と呼ばれる旧線に入る。ディーゼルカーしか走れない非電化区間だが、こちらの方が海沿いを走るので景色は良い。
 海の幸のメイン料理が出てきた。伊勢海老だ(野母崎産伊勢海老のハーブパン粉焼き/アメリケーヌソース)。
 料理を運んできたヤナギさんに声をかける。
「定刻に挽回しましたね」
「少しまた調整してるんですけどね」
「喜々津で長めに停まってました」
「よく気づきましたね!」 乱れたダイヤの中で他の列車とのすれ違いや追い抜きを考えながらうまくやりくりしているらしい。もうすぐ元のダイヤに挽回できるとヤナギさんはにっこり。「クルーや指令に感謝!」
 街を抜け、石造りのトンネルをいくつか抜けると右側に大村湾が見えてくる。東園駅から次の大草駅までは大村湾の南端を囲むようにして走る区間で、右側は線路のすぐ下が海だ。黄昏時のハイライトといっていい。海の向こうにあかりがぽつぽつ灯りはじめる。小さな入り江を囲むように線路が半円状にカーブしていて、山並みはゆっくりと反時計回りに回転してゆく。漁船が舫っている波止場を過ぎる。カタン……カタン……。車端部独特のジョイント音が静かに響く。空が青みを増してきた。
 この時間、この場所を通過するななつ星を、昨年と一昨年に何度か撮影に来たことがある。あのときは、まさか自分が乗ることになるとは想像もしていなかった。展望席での食事は憧れでしかなかった。後ろを振り返ると、まさに私が撮影していた場所に数名の鉄道ファンがカメラを向けてこちらに手を振っている。「おーい!」 思わず手を振り返した。あのときの私があの線路端にいるような気がした。
 海沿いを十数分走って、一九時二五分ごろ、大草に着いた(定刻19時03分)。長与支線の数少ないすれ違いのできる駅である。上り普通列車とすれ違う。
 最後に山の幸のメイン料理(長崎和牛ヒレ肉のグリルとプレゼ/旬野菜のパイ包みと共に)が出てくる。小さく切った牛肉の上に焼アスパラや山菜、空豆の揚げたのが載っている。横にパイに包んだ野菜が添えてある。
 大草は一九時四○分ごろ発車し(定刻19時34分)、長与でまた停車する。サラダを食べ、デザートが出てくるときに、突然、吉村さん、ヤナギさんたちが歌をうたいながら賑やかにやってきた。みつこさんに渡されたお皿には「HAPPY BIRTHDAY」と書かれている。「おめでとうございます!」「おめでとうございます!」クルーのみなさんがお誕生日のお祝いをしにきてくれたのだ。近くの同乗客も巻き込んで、たくさんの拍手に囲まれた。お手製のバースデイカードもいただいた。うれしいサプライズに、みつこさんは照れている。カードを掲げてカメラに向かってにっこり笑う。よかった。この瞬間のためにななつ星に乗ったのだ。
 みちゃん、誕生日おめでとう!
(註)みつこさんの実際の誕生日はぜんぜん別の日です。



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