リストに戻る
走れ!バカップル列車
第91号 ななつ星in九州 博多〜大村



   三

 有田駅には十分ほど遅れて十三時二〇分ごろ到着した。
 ここで旅程は二つに分かれる。ひとつは①有田窯元見学、もうひとつは②車内にてティータイムと組子製作体験。有田観光は柿右衛門窯のふだんは見られない工房の見学も含まれるレアなツアーだが、有田から早岐(はいき)まではななつ星に乗れない。列車に乗らない区間ができてしまうのは鉄道オタクとしては無念であるが、ここは①を選ぶことにした。
 乗降扉からホームに出る。一番のりばが駅舎と改札口に直結している国鉄時代の名残を伝える構造だが、ななつ星の乗客は改札口を通らない。「こちらへ」と案内されたのは駅舎の横のフェンスに穴が開いたようなところだ。
「こんなところから?」と疑問を感じつつも、ほかのみなさんの後に続く。博多駅でもそうだったが、ななつ星の乗客は切符を持たないから、このような配慮をしてくれるのだろう。
 階段を降りたところにななつ星の車両と同じ塗色のロイヤルワインレッドの観光バスが待機している。吉村さんが「ななつ星のために用意したバスなのでナンバーも『7』なんです」と自慢げに話す。写真を撮るまで自慢してそうだったので、しかたなくナンバーの写真を撮る。バスはふだん列車外の観光地めぐりに利用されるものだが、ななつ星が途中で運行できなくなったなどの緊急時に乗客を救済するため、ななつ星の運行日には必ず列車の後を追って九州を走り回っているらしい。ななつ星に乗るのは高いが、こうしたバックアップ体制のコストも料金に含まれると考えると納得がいく。
 みつこさんと私を含め、全員が乗車したところで十三時二五分、バスが発車する。車内組はひと組だけだったそうだ。有田市内を十分ほど走ったところで柿右衛門窯に到着した。
 広い敷地に茅葺きや瓦葺きの和風建築が並んでいる。日本庭園には鯉が泳ぐ池がある。最初に通されたところは「柿右衛門古陶磁参考館」という建物だ。歴代の柿右衛門が製作した数々の陶磁器が展示されている。眼鏡をかけたスタッフがぼそぼそと展示品の説明をしてくれる。後でわかったことだが、その人が第十五代酒井田柿右衛門さんご本人だった。
 ふだんは入れないところへ入れますというので、ついていった。つくりかけのざらざらした感じの白い器、うずたかく積み上げられた薪。窯場だった。二、三人の職人たちが窯に入れる器の点検をしていた。邪魔にならないよう静かに見ていたが、三十人近い人数がぞろぞろやって来たらどう考えても邪魔だろうと思う。
 その後、ざらざらした白い器をつくるまでの細工場、素焼きをした器に絵を書き入れる絵書座を見学。非常に細かく工程が分かれていることに驚く。花びらを書く職人は毎日花びらだけを書く。そのくらい細分化されている。
 お茶をどうぞと言われ、座敷で休憩する。第十五代のご当主が直々にななつ星の乗客にあいさつしに来てくれる。「日本でつくる小さな器だが、大陸からの影響を受けて発展し、また大陸に輸出もしてここまでやってきた。大きな歴史の流れの中にいまの私たちの営みがある……」。偉大な人物は話のスケールも大きい。ななつ星の洗面鉢に使われているのはこの方の父上にあたる第十四代柿右衛門の作である。先代は完成したななつ星の車両を見ることなくこの世を去ったという。ちなみに柿右衛門さんは本名を酒井田柿右衛門といい、代替わりして柿右衛門を襲名するときは、ただペンネームを変えるだけでなく、戸籍の本名まで変えてしまうらしい。
 トイレの便器が柿右衛門の陶器なので驚いているうちに、ほかのみなさんは展示場に向かっていた。展示といってもお土産を買うところだ。スタッフの方がにっこり笑ってたくさんお買い求めくださいと勧めてくださる。そうはいっても簡単に買えるものではない。適当に物色してバスに戻ろうと思っていたら、みつこさんがあるところから動かなくなった。具合でも悪いのか。 「どうした?」 顔をのぞき込むと「買おうかな」。
 まさかのお買い上げ宣言であった。いったいなにがほしいのか。「この小皿」。
 見ると醤油皿を一回り大きくした感じの小さなお皿がある。赤い花の絵が施されていて小さくてかわいい。百貨店などで買うと、こういった皿は五枚セットで販売されている。我が家は普段使いするなら二枚で足りるのだ。三枚分余計にお金を払わないといけない。ここでは一枚単位で買える。そこに目をつけたか。さすが、みつこ。「こういうのが前からほしかったんだ」
 一番最後に会計を済ませて、あたふたとバスに戻る。柿右衛門さんほかみなさんが手を振ってななつ星バスを見送ってくれた。

 柿右衛門窯には一時間ほどいた。町の南西のはずれからバスに乗って東のはずれへ。二十分ほどで泉山磁石場に着いた。有田焼の原料となる陶石を採掘したところだ。地元のガイドさんがイヤホンを通じて解説してくれる。向こう側にゴツゴツした白っぽい岩がそびえていたり、大きな穴が二つ並んで空いていたりする。全体がすり鉢状になっているから、素掘りのような感じで石を採ってその残りがいまの状態なのだろう。記念写真を撮って再びバスに乗る。
 陶器の販売店などが建ち並ぶ一角でバスを降りる。例年ゴールデンウィーク期間にこのあたりで有田陶器市が開催されるという。裏通りに入ると赤茶けた不揃いのレンガのようなもので作られた塀の民家が何軒か並んでいる。トンバイと呼ばれる耐火レンガなどの廃材を塗り固めてつくったことからトンバイ塀と呼ばれているらしい。
 自由行動になったので、古い建物が並ぶ通りをみつこさんとぷらぷら歩いた。
 集合時刻の十五時四十五分になった。バスでななつ星のいる早岐に向かう。車内では山之口さんがマイクを握り、ななつ星オリジナルグッズの宣伝やクイズなんかを出してくれる。驚いたのは、水タンクのクイズだった。言われてみれば、列車という閉ざされた空間で水は貴重品だ。それでもシャワーの時間に制限をつけたくなかったという。あとで調べたら、三号車〜六号車には二三五五〜二八三○リットル、七号車には三○二○リットル分の水タンクがあって、それとほぼ同じ大きさの汚水タンクがある。床下は水タンクと温水器でいっぱいなのではなかろうか。



next page 四
リストに戻る