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走れ!バカップル列車
第91号 ななつ星in九州 博多〜大村



   四

 ロイヤルワインレッドのバスは、一六時二○分ごろ早岐駅東口に着いた。  バスを降りたら、吉村さんがななつ星のクルーの制服を着たチビッ子と遊んでいる。クルーの制服? 二度見してしまった。クルーの制服?? いったいこの子は誰!? 「ななつ星が走るとき、いつも来てくれるんですよぉ」吉村さんがニコニコしながら私たち乗客に説明してくれる。「きょうも博多で見送ってくれたんだよな!」そう言われてくねくねと照れている。スタッフと顔見知りの子とは彼のことなのか。 「博多で制服着た子いませんでしたよね?」私が訊くと、横にいたお母さんが博多では間に合わなかったが、いったん家に帰って着替えてから特急で追いかけてきたと説明してくれた。人気アイドルもびっくりの追っかけぶりだ。福岡に住んでいるのに、制服着て早岐までくるなんて! なにしろ早岐だ。博多から約一一○キロ、特急で一時間半以上かかる九州の西のはずれだ。もうびっくりとしか感想が浮かばない。  この制服はどうしたんですかとの問いに、再びお母さんが「これ手作りなんですぅ。既製品にワッペンとかつけただけなんで」。そうはいっても完成度高すぎる。名札もばっちり「しんぺい」と書かれたものがついている。そうか、君はしんぺい君か。「いさぶろう・しんぺい」の「しんぺい」。後藤新平の「しんぺい」。九州鉄道男児らしい良い名前だ。  びっくりの塊のようなしんぺい君と敬礼で別れ、ななつ星の乗客はクルーに先導されて早岐駅に入場する。  ここで異変が起きた。時間になってもななつ星が入線してこないのである。  大村線のダイヤが乱れているらしい。クルーのみなさんが無線機片手に慌ただしく走り回っている。乗客はホームで待つよう指示されたが、みつこさんと私は跨線橋で列車の出入りを眺めていた。駅の北側には車庫があって、遠くにななつ星が停まっているのが見える。じっと見ていたが一向に動く気配がない。 「ホームならベンチもありますよ」クルーのヤナギさんが声をかけてくださる。「こちらの方が眺めがいいのでしばらくここでいいです」などと応えながら遠くのななつ星をみつめる。 「途中駅で停車するから、時間には余裕ありますよね?」 と訊くと、ヤナギさんは、 「そうなんですけど、おもてなしに影響が……」  夕食の準備が遅れてしまうのだろう。心なしかやきもきしているようだ。  再びクルーたちが動き出した。そろそろホームに降りてくださいと言われ、四番のりばにやって来た。  再びしんぺい君が現れた。またもやびっくりである。向かいの二番のりばに特急「ハウステンボス24号」がやってきて、佐世保からやってくる「みどり24号」と連結するところだ。しんぺい君は緑と赤の小旗を手にして増結作業の準備をしている。小旗? 二度見してしまった。なぜ小旗?? 小旗もお母さんの手作りだろうか。  そこへななつ星が入線してきた。しんぺい君の増結作業は急遽中止となる。機関車がゆっくりと目の前を通過する。入替中なので片方だけテールライトを点けている。しんぺい君は敬礼でななつ星を迎えた。  しんぺい君とこんどこそお別れをして、列車に乗り込んだ。一六時五八分ごろ入線して一七時一六分ごろに出発した。定刻は早岐発16時51分だからおよそ二十五分の遅れである。  大村線は長崎方面と佐世保方面を結ぶローカル線(早岐〜諫早間、一八九八(明治三一)年ごろ開業)であるが、有明海沿いのルート(肥前山口〜諫早間、一九三四(昭和九)年開業)ができるまでは、こちらが長崎本線だった。穏やかな大村湾沿いを走る風光明媚な路線である。 「晩ごはん用の服に着替えないとね」とみつこさんがいうので、早岐発車前から着替えはじめた。  しばらくして吉村さんが小皿にいちごをのせて持ってきてくれた。あと一時間もしないうちに夕食だというのに、少しの時間も退屈させない、空腹にさせないようにしてくれる。その細やかな配慮に感激した。いちごの品種は忘れてしまったが、真っ赤に熟れて甘かった。  どれも通過駅だが、川棚から彼杵(そのぎ)、千綿(ちわた)、松原までの区間は場所によっては海岸ギリギリの場所を通る海沿いの区間だ。  みつこさんが車端部展望窓の縁に座って大きな車窓を眺めている。進行方向右側の窓からは沈みかかった太陽の光がまぶしいほどに車内に射し込む。大村湾の静かな海が陽の光を受けてキラキラと輝いている。くもり空の博多を出たときは想像もできなかった黄金色の夕景がいま目の前に広がっている。  千綿を通過した。海に近いことで名の知れた駅で、この風景を見るために訪れる観光客も多い。ホームにはななつ星の通過を知ってか、何人かの乗客がこちらに手を振っている。みつこさんもはれやかな笑顔で手を振って応えている。  そうしてしばらく海沿いを走って松原の手前付近で海から離れる。進行方向左側の頭上には九月に開業する西九州新幹線の巨大な高架線が横たわる。新幹線と大村線が接続する新大村駅ができるらしい。反対側の海上には世界初の海上空港といわれる長崎空港がある。  大村には本来十分停車するが、一、二分の停車で発車した。  夕食の時間が近づいてきた。ドレスコードはセミフォーマルである。みつこさんはコム デ ギャルソンのTシャツが長く伸びた感じのワンピースに黒の透け透けのブラウスを羽織っている。ワンピースは白地だが黒い蝶々のような模様があしらわれている。私はいつも着ている紺のよれよれのスーツだが、いま持っている中ではいちばん新しいやつにした。水色のシャツは襟に糊がついていないが無理矢理ネクタイをつけた。みつこさんも私も宅配便で送ってもらった革靴に履き替えた。お互いの格好を確認し合う。大丈夫そうだ。  ここからがななつ星の旅のメインイベントといっても過言ではない。いよいよそのときがきた。時計が十八時十五分になったので七号車を後にした。



第92号 ななつ星in九州 大村〜阿蘇へつづく
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