リストに戻る
走れ!バカップル列車
第91号 ななつ星in九州 博多〜大村



   二

 お昼の時間だからといって、吉村さんはわざわざ端っこの七号車まで私たちを呼びに来てくれた。技術が発達した時代に、部屋にはタブレット端末もテレビも内線電話もない(一応、Wi−Fiはあるらしい)。車窓を眺めてもらいたい。連絡があれば直接部屋に来る。これがななつ星のおもてなしの心だ。
 吉村さんの後を追いながら、いくつもの客車の通路を抜けて一号車にやってきた。車両真ん中あたりの進行方向右側の席(三番テーブル)を指定された。表向き一号車はラウンジカー「ブルームーン」、二号車がダイニングカー「ジュピター」だが、乗客全員をさばくため一号車と二号車に分かれるようである。一番最後尾の展望席にはテーブルが二組分用意されていて、そのうちひとつには映画のキャラクターに出てきそうな容貌のお婆さんとその息子さん(私よりたぶん年上)がいらっしゃった。博多駅の出発式でお隣に座っていた方だ。聞こえてくる話によると、御年九十五歳とのこと。ななつ星に乗りたいと思えることがすばらしい。
 車内ではもういちどクルーたちの自己紹介があった。出発式では口頭の自己紹介だけだったが、社内には各クルーの自己紹介用名刺が掲示されているので、これをみながらだとおぼえやすい。児玉さん、吉村さん、ニイノさん、ヤナギさん、山之口さん、トマリさん、古川さん、ニシヤマさんの総勢八名。このうち山之口さん、古川さん、ニシヤマさんは車掌も兼務している。四名が女性である(カタカナ表記)。
 時計はまだ十一時だがゆっくり食べるからちょうどいいのかもしれない。
 テーブルにはメニュー表が置かれている。
     *     *     *
Amuse bouche(アミューズ・ブーシュ、お通し)
馬肉のフェレのロースト キャビアのせ
イカ明太パイ
有明海のコンソメゼリー寄せ

Entrées chaudes(アントレ・ショード、温前菜)
九州野菜と佐賀県ハムの蒸し煮、ハーブ、花、野草添え

Poisson(ポアソン、魚料理)
玄界灘の鮮魚と生海苔のコンソメ

Viande(ヴィヤーンド、肉料理)
九州産和牛のコギシライス

Dessert(デザート)
九州のフルーツタルト

Chef 小岸明寛
     *     *     *
 ななつ星の旅でいただく食事は、一日目の昼・夕、二日目の朝(阿蘇駅)・昼の計四回。どれも九州の食材を使い、料理人も九州の第一線で活躍している方を起用している。
 小岸明寛(こぎしあきひろ)シェフは、九州で活躍するフリーランスの料理人。佐賀県太良町出身で、数々の三ツ星レストランで腕を磨いてきた方だ。
 まもなく列車は長崎本線の神埼(かんざき)駅に停車した。ふだんは普通列車しか停まらない駅だが、十九分の停車中に佐世保行きの特急「みどり7号」と普通列車に追い抜かれる。ホームに出てもいいらしいので、ホームから車内のみつこさんの写真を撮る。

 神埼停車中に最初のお皿、アミューズがきた。料理の給仕は吉村さんだけでなく、ほかのクルーのみなさんも入れ替わりで運んで来てくれる。
 三種の料理が細長いお盆のようなお皿に載っている。右から馬肉、イカ明太、コンソメゼリーだ。そういえばみつこさんは馬肉が苦手だ。どうしたもんかなと一瞬悩んだが、みつこさんのお皿をみたら、すでになくなっていた。ローストビーフかなにかと勘違いしておいしく食べてしまったそうだ。
 パイの上に載ったイカ明太もコップの中に入った海鮮のゼリーカクテルも上品な味つけでとてもおいしい。
 神埼を発車した。ホームには地元の方々がななつ星を見送りに来てくれる。みつこさんは見送り客をみつけるたびに手を振って応えていた。
 左右は麦畑。黄金色に実った麦の穂がきらきらと輝いて風に揺れている。「麦秋っていうそうですね」と吉村さん。「讃岐うどんの小麦も最近は九州産が多いみたいです」。小津安二郎の映画にも『麦秋』という作品があったはずだ。
 佐賀に停車した。十分停車する。長崎行きの特急「かもめ17号」に追い抜かれる。こまめに停車するのは、長崎本線、佐世保線に特急列車が多いなど運行上の理由もあるが、昼食時間を確保するためでもあるようだ。
 ふたつ目のお皿がきた。温前菜だ。ぱっと見は花が添えられたサラダのようで、とてもカラフルで美しい。かき分けると温かい野菜と蒸したハムが出てくる。みつこさんは花もむしゃむしゃ食べている。
 列車が肥前山口に到着するころ、みっつ目のお皿、魚料理が出てきた。玄界灘の鮮魚と生海苔のコンソメとのことだが、なんのお魚かは忘れてしまった。白身のお魚のいったんこんがり焼いたのが生海苔のコンソメスープの中に浸してあった。このあたりでおなかが膨れてくる。
 肥前山口には四分停車して発車。ここから佐世保線に入り、単線になる。
 よっつ目のお皿、肉料理が出てきた。九州産和牛のコギシライスと題されている。薄切りのステーキがご飯のうえに載っていて、さらに麦や豆類を絡めた甘辛ソースがかかっている。
 お肉をいただいている途中に武雄温泉に停車した。進行方向左側には同じく高架線上にピカピカの駅が並んでいる。四か月後の二○二二年九月二三日に部分開業する西九州新幹線のプラットホームだ。博多とはつながらず、武雄温泉〜長崎間で暫定的に運転を開始する。試運転列車が走り始めたという噂は聞いているが、きょうはホームに新幹線車両は停まっていなかった。上り特急「みどり14号・ハウステンボス14号」の到着を待って武雄温泉を発車。新幹線の立派な高架線が左に分かれてゆく。
 デザートのフルーツが出てきた。もうこれ以上は食べられないほど満腹だが、おいしいのでいただく。キウイ、オレンジ、イチゴのほかにチーズケーキ、ガトーショコラなどがカラフルに盛り付けられていた。
 列車は三間坂(みまさか)に停車。二一分の停車中に、下り特急「みどり9号・ハウステンボス9号」に追い抜かれ、上り普通列車とすれ違う。
 私たちはすべての料理をやっとの思いで平らげ、三間坂停車中に七○一号室に戻る。二時間近くのランチタイム。料理はもちろんだが、この時間がなによりのごちそうである。



next page 三
リストに戻る