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走れ!バカップル列車
第91号 ななつ星in九州 博多〜大村



   一

 汽笛が鳴り、エンジンの音がかすかに高くなる。ガタンと車体が軽く震えて列車が動き出した。みつこさんと私は思わず「おっ」と声をあげた。
 9時58分、「ななつ星in九州」はゆっくりと博多駅五番のりばを後にする。ホームにはたくさんの見送り客がいて、笑顔で手を振ってくれる。みつこさんも手を振って応えている。
 キーホルダーを預かり、列車も発車したというのに、私はまだこの状況がいまひとつ理解し切れていない。私たちがこんなところにいていいのだろうか。夢なら醒めないでほしいと思いながら、九州までやってきた。どうにか交通事故にも遭わず、大怪我もせずに博多駅にたどり着いた。
 ふわふわとした言いようのない感覚はまだ抜けない。「ななつ星」は発車した。それだけはまちがいない。目の前の機関車が鼻先をこちらに向けて、上下左右に揺れている。私たちのいる七号車を先頭に一号車までの七両の客車が機関車に引っ張られて、博多駅構内のポイントを右に左にゆっくりと渡ってゆく。
 ダイヤ上は左に博多南線の列車から「こだま846号」に変身する500系新幹線(博多着10時00分)、右には白い車体の「かもめ108号」(博多着10時06分)と続いてすれ違うはずだが、そんなものを確認する余裕はまだない。
 ソファに座るみつこさんの写真を撮ったり、逆に撮ってもらったり、室内の写真をあちこち撮ったり、すべきことの優先順位も考えず、なにもかも無我夢中でいるうちに時間が過ぎていった。
 ふとテーブルの前の椅子に戻って、ぼんやり機関車の鼻先を見ていると、雲の隙間から青空が見えてきた。機関車のロイヤルワインレッドの車体や金色のエンブレムと手すりが太陽の光を受けてキラキラと輝いている。
 列車は快調に鹿児島本線を南下している。博多駅発車直後、左右に林立していたビルの高さは、走るに連れてだんだん低くなり、ビルがまばらになると民家が増えてくる。民家と民家の間には緑がみえてきて、次第に郊外の様相を呈してきた。ああ、いつもの鹿児島本線だ。私の知ってる鹿児島本線を走っている。そうして、ようやくというべきか、少しずつというべきか、(九州を走るななつ星に乗っているんだ)という実感を持てるようになってきた。
 部屋の一隅になんでもないように座っているが、天井も壁も窓も家具も調度品もすべてが丁寧に精緻につくられている。ほぼすべてがななつ星のための特注品だ。何千人もの職人が丹精込めてつくりあげた。部屋全体、車両全体が芸術品といってもいい。障子は大川組子というもので統一されている。洗面所の洗面鉢は有田焼の窯元第十四代酒井田柿右衛門の遺作だ。そんなだいじなもの、普段使いしていいのかと思う。トイレから出てきたみつこさんがトイレットペーパーの切れ端を持ってきた。(そんなもの持ってきてどうしたんだ?)と思ったら、「トイレットペーパーがななつ星なの」。よくみるとななつ星のエンブレムがエンボス加工された、ななつ星専用のトイレットペーパーだったのだ。最後の最後まで油断がならない。

 ななつ星は、毎週三泊四日の旅が火曜日から金曜日まで、一泊二日の旅が土曜日と日曜日に運行されている。三泊四日の旅は日程の余裕があるので九州全体をぐるっと回るようなプランになっているが、一泊二日の旅は九州北部をコンパクトに回る。
 旅程や時刻は半年ごとに見直されて変わっていく。車両の検査の関係で運休になることもある。二○一六年の熊本地震、二○一七年の豪雨と台風、そして二○二○年の新型コロナウイルス感染症など、自然災害、疫病の影響を受けて運休やルート変更を余儀なくされる場面もあった。運行開始からすでに九年が経っている。それだけ歴史を刻んできたということでもある。
 今日と明日の二日間、私たちが乗るななつ星は、二○二二年春・夏コースにしたがって次のようなダイヤで走る(「/」の前の時刻は発車時刻、後は到着時刻)。
 福岡・佐賀・長崎・熊本・大分の五県、九州の北半分をくるりと回る旅程である。

●五月十四日(土)
 博多09時58分発 ─ 鳥栖10時30分/10時43分 ─ 神埼10時59分/11時18分 ─ 佐賀11時29分/11時39分 ─ 肥前山口(当時、現・江北)11時53分/11時57分 ─ 武雄温泉12時14分/12時29分 ─ 三間坂12時39分/13時00分 ─ 有田13時10分/13時17分 ─ 早岐13時31分着
(有田〜早岐間で、プランは①有田窯元見学と②車内にてティータイムと組子製作体験に分かれる)
 早岐16時51分発 ─ 大村17時39分/17時49分 ─ 諫早18時12分/18時25分 ─ 喜々津18時36分/18時52分 ─ 大草19時04分着/19時34分 ─ 長与19時48分/20時02分 ─ 長崎20時19分/22時30分 ─ 現川22時46分/23時05分 ─ (車中泊)

●五月十五日(日)
 ─ 肥前鹿島00時44分/00時54分 ─ 鳥栖01時47分/2時42分 ─ 熊本4時26分/4時35分 ─ 阿蘇6時00分着
(阿蘇停車中、希望者はバスにて草千里観光7時00分発約一時間)
 阿蘇10時01分発 ─ 豊後竹田10時44分/10時59分 ─ 三重町11時27分/11時50分 ─ 大分12時32分/13時42分 ─ 由布院14時33分/14時44分 ─ 豊後森15時19分/15時22分 ─ 日田15時50分/15時53分 ─ 夜明16時03分/16時07分 ─ 久留米16時54分/16時55分 ─ 鳥栖17時02分/17時04分 ─ 博多17時31分着

 列車は博多を出て三十分ほどで鳥栖(とす)に着き、十三分ほど停車する。ダイヤを見ればわかることだが、実際に乗っていたときはまったくおぼえていない。十三分も停車するのは通常の列車では大ごとであるが、そのときなにをしていたかすらおぼえていないのだから重症である。おそらく室内の写真を撮ったりしていたのだろうとは思う。とにかくななつ星は鳥栖から長崎本線に入り、西へと進んでいた。
 鳥栖を発車してしばらくすると、吉村さんが「お昼ですよ」と呼びに来た。



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