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走れ!バカップル列車 第90号 ななつ星in九州 旅立ち |
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四 「出発式」のクライマックスは、この「金星」を出発するときである。いよいよななつ星へ乗車する。九時二○分ごろ、ラウンジの真ん中にバーカウンターのような台があって、JR九州の専務がそこに立ち鐘を鳴らす。 「どうぞ」と促されて出発することになった。いちばん最後にこの部屋に来た私たちがいちばん最初にこの部屋を出る。吉村さんが荷物を持ってくれて先頭に立つ。みつこさんが続く。カランカランという鐘の音、ピアノのメロディ、スタッフたちの拍手に送られて「金星」を出た。 出るところはのれんのある入口とは違うところである。屏風の向こう側に出たところは駅の通路だった。いつのまにか改札の内側に来ていたのである。あのバーカウンターは改札口の代わりだったのか。 すぐ前の五番のりばへ続くエスカレーターを降りる。五番線でも、五番ホームでもなく、五番のりばというところが西日本らしい。 ななつ星と対面のときだ。ドキドキしてホームに降り立つと緑色の列車が停まっている。あれ、特急「ゆふいんの森1号」ではないか。「これが出たあと入ってきます」と吉村さん。すでにななつ星が入線していると思い込んでいたので拍子抜けである。 電光掲示板をみると、上の段に、「ゆふいんの森1号」「9:24」「由布院(久留米)」とあり、下の段に「ななつ星in九州」「9:58」「新たな人生」とある。 初めて聞いたのだが、ななつ星の行き先は有田でも、阿蘇でもなく、「新たな人生」だったのだ。なんだか背中のあたりがムズムズするようなキザな表現だ。「セブンスターズ」というかけ声もそうだが、ちょっと気恥ずかしくなる。 「ゆふいんの森」が発車して六分後の九時三○分、いよいよななつ星が鹿児島中央方向から入線してきた。先頭はななつ星とほぼ同じ色に塗り替えられたDE10という小型のディーゼル機関車。その後にロイヤルワインレッドのななつ星の客車が続いてきた。 間近でみるのは初めてだ。夢ならまだ醒めないでほしい。 吉村さんに案内され、後につづく。いよいよ車内に乗り込むと思っていたが、乗降扉を横目にホームをすたすた歩き続ける。七号車の停車位置がだいぶ離れていたらしい。またも拍子抜けである。吉村さんは元車掌だったというが、停車位置は基本のはずだ。大丈夫だろうか。 おかげでほかの車両を眺めることができた。門司港側の一号車(マイ77)はラウンジカー「ブルームーン」である。車端部は大きな一枚ガラスの窓で展望窓になっている。車内にはテーブル席が配置され、ピアノやバーカウンターもある。 二号車(マシフ77)はダイニングカー「ジュピター」。食事用のテーブル席のほか、厨房とカウンターがある。 三号車から六号車(マイネ77)は寝台車が四両続く。スイートルームが各車両に三部屋配置されている。窓からすでに車内に乗り込んでいる同乗者たちの姿がうかがえる。 いよいよ鹿児島中央側の七号車(マイネフ77)に着いた。こちらも寝台車だが、デラックススイートルームが二部屋だけとなる。なかでも「デラックススイート・Aタイプ」の七○一号室は一号車同様の大きな展望窓が独り占めできる部屋だ。 乗降扉から車内に乗り込む。入口すぐの部屋は乗務員室だ。七号車には車掌用設備がひととおり揃っている。車両の型番「マイネフ」の「フ」はそれを示す記号である。 通路は鹿児島中央側に向かって車両の右側にある。手前左側はもうひとつのデラックススイートルーム七○二号室である。通路をさらに進んで突き当たりが私たちの乗車する七○一号室だ。吉村さんが「701」と刻印されたキーホルダーを取り出し、ガラス扉を開ける。その次にまた鉄格子の扉があって、それを開けるとのれんがある。のれんの向こうにはなんども写真でみたあのスイートルームの実物が目の前にあらわれた。 「わあ、すごぉい!」みつこさんがあたりを見回しながら声をあげる。壁も、床も、天井も、全体的にモダンな木目調で統一されている。そこかしこに百合の花のようなランプが配置されていて、暖色系の灯りがともる。 「荷物はこちらへ置いておきますね」。吉村さんがクローゼットの場所を教えてくれる。「七○一号室は特別で、二箇所あるんです」。鉄格子の扉とのれんの間にバス・トイレの入口があって、その前後に一つずつクローゼットがある。みつこさんが上着をハンガーにかける。 バス・トイレは入口から見て正面が洗面台、左側(門司港側)がトイレ、右側(鹿児島中央側)がシャワールームになっている。 のれんをくぐった左側はベッドが二つならんだスペースだ。周りは障子がしつらえてあって閉めればベッドだけの小部屋にもなる。 その奥、車端部が応接スペースだ。 鹿児島中央に向かって左側にはソファがある。真ん中には低めの四角いテーブルと椅子が揃う。 鹿児島中央に向かって右側には机がある。吉村さんが机の引き出しからリモコンを取り出した。「窓のブラインドはこれで操作するんです」。ボタンを押すと、最後部展望窓につけられたすだれのようなブラインド、分厚いブラインドが次々と上下する。三枚目に出てきたのはスクリーンだった。 ブラインド、スクリーンをすべて開けると、向かいには客車と同じロイヤルワインレッドの塗装を施されたディーゼル機関車DF200形7000番台が連結されている。 「ななつ星の窓は三十億円の額縁ともいわれています」。車両の製造費用のことだ。機関車がいるからいまは去りゆく景色を眺められないが、明日は三十億円の額縁をゆっくり堪能できるはずだ。 機関車と展望窓の隙間からはホームが見えて、見物にきた親子連れがこちらを覗いている。中にはスタッフと顔見知りの熱心なチビッ子もいるらしい。 「写真撮ろうか。みちゃん、ここにいて!」発車までまだ時間があるので、いったんホームに出て、車内にいるみつこさんを撮影する。ついでに先頭の機関車もカメラにおさめた。わけもわからず、夢中になって、あちこち写真を撮っている。 吉村さんが半ばあきれ顔で待っててくれた。「これは明日下車するまで持っていてください」。吉村さんから「701」のキーホルダーを託された。「はい、たしかに」。 夢でも幻でもない。私たちはついに七○一号室の乗客となったのである。 |
| 第91号 ななつ星in九州 博多〜大村へつづく |
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