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走れ!バカップル列車 第90号 ななつ星in九州 旅立ち |
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三 福岡の街には雨が降っていた。この日の宿、ホテルオークラ福岡には一六時過ぎに着いた。 一八時からホテルオークラ内の大広間で「旅の始まりの集い」がある。ANAツアーが企画する旅を共にする仲間が一堂に会する前夜祭である。 時間が近づいたので部屋を出る。大広間の前にはすでにANAツアーのスタッフが待機している。ほどなくして室内に案内される。 席に着くと毛筆で書かれた名札がテーブルに置かれている。結婚披露宴のようだ。実際に披露宴にも使われる部屋なのだろう。違うところといえば新郎新婦がいないところか。高砂の席の代わりに大きなスクリーンがある。 テーブルはななつ星の部屋ごとに分かれていて、案内された丸テーブルはみつこさんと私だけ。テーブルが分かれているので、同行者たちと互いに交流する機会はあまりなさそうだ。 隣の席のおじさんが指名されて乾杯の音頭をとる。司会の方が、ななつ星車内では「乾杯といわず、セブンスターズ!っていうんです。いまから練習しましょう」という。「乾杯」って言わないと気分が乗らないなと思いつつ、いくぶん照れながら「セブンスターズ!」とグラスを持ちあげた。 ピアノの生演奏が流れる中、料理が運ばれてくる。メニューに書かれた文字と目の前の料理を比べながらいただく。地元九州の食材がふんだんに使われている。 《玄界灘のヤリイカのミ・キュイ 博多茄子のキャビア仕立て 軽く仕上げたブイヤベース バジルのアイヨリ》 《天草産すずきと鹿児島甑島産たかえびの炙りの オープンラヴィオリ アヴォカド添え 野菜のアロマート風味と旨味のジュレ 熊本三角のみかんのヴィネグレット》 もうここまででふだんの晩ごはんの量になっている。まだ中盤である。中休みのスープが出てくるころ、バイオリン奏者も出てきてアンサンブルがはじまった。 《福岡産有機無農薬栽培の新玉ねぎのスープ ベーコンと黒こしょう風味のカプチーノ》 《天草産ハタのポワレ トマトのピストゥ 水前寺菜と独活のサラダ 宮崎産日向夏のソース》 そして料理長が出てきて、メインの肉料理に火をつける。どういうしかけなのかわからないがいくつも並んでいる容器に同時にボッと炎があがってお肉がこんがり焼けたようだ。 《牛フィレ肉のグリエ 福岡産柚子ごしょうの赤ワインソース シェフのコニャックのフランベ》 なんとかここまで平らげて安心である。 《佐賀産さちのか苺のタルト 九州産フレッシュフルーツを添えて》 《コーヒーまたは紅茶》 肉料理を食べ終わったころから、ななつ星ツアーの同行カメラマンの方が壇上にあがって写真教室がはじまった。スクリーンにスライドを映しながら旅程や車内の注目スポット、沿線の絶景ポイントなどをレクチャーしてくれる。知らなかったこともたくさん出てきて肝心なところを見落とさずにすみそうだ。 楽しい時間はあっという間に過ぎた。ななつ星車内でも豪華な料理がいただけるというのに、前の晩からフルコースなんていただいていたら、また体重が増えてしまうなどと心配しながら自分たちの部屋に戻った。 二○二二年五月十四日土曜日、いよいよみつこさんと私がななつ星に乗車する日がやってきた。運のいいことにまだ夢は醒めていないし、事故にも遭っていない。昨日の雨はやんだようだ。 みつこさんは私よりもだいぶ早くに起きていた。顔づくりに余念がない。一階のレストランでバイキング形式の朝ごはんをいただく。玉子料理はコックさんがその場でつくってくれる。おせんべいのような形に固めたごはんの上に白身と黄身を泡立てて丸めたような料理が出てきた。ふわふわしてておいしい。朝から満腹になる。 部屋で身支度を整え、八時ちょうどに部屋を出る。ツアー一行が玄関前に集合して車内の部屋ごとにわかれてタクシーで博多駅に向かう。クルマの来るのが遅れた上になぜか私たちは後回しにされて一番最後になった。ツアーの係の方も同乗する。昨日の前夜祭でもお世話になった方だが、みなさん東京から出張してきたそうだ。緊張しているのか、なにか不安なのか、みつこさんはタクシー乗車中、ずっと前席の持ち手を握りしめていた。 雨は上がったがまだどんよりくもっている。どんな天気であっても、乗れるだけラッキーだ。 十分ほどで博多駅に着いた。エスカレーターを昇り、長い通路を歩いて「こちらです」と案内されたのは、「金星」と呼ばれるななつ星専用のラウンジだった。JR博多シティと呼ばれる新駅舎(二○一一年三月開業)に来るのはおそらく初めてだ。そもそも勝手がわかっていない上にただ連れてきてもらっただけなので、「金星」という部屋がどこにあるのかわからない。 入口には小豆色ののれんがあり、ななつ星のエンブレムと「金星」の文字。のれんをくぐると木目調で統一された空間が広がる。 ここで三十分間ほど「出発式」が催される。すでに他のみなさんはそれぞれの席に着いてお茶を飲んでいる。まもなくななつ星に乗れるとあって、室内は静かな興奮に包まれている。みつこさんと私たちは向かい合わせの二人席に案内された。 緑茶とよもぎのお団子がくる。お茶を飲んでいるのか雰囲気に呑まれているのかよくわからない。お団子を食べ終わったころ、シャンパンが運ばれてきた。昨夜乾杯の音頭をとったおじさんが再び指名されて部屋の真ん中に立った。全員で「セブンスターズ!」と唱和して乾杯した。恥ずかしさはいくぶんやわらいできて、昨夜より自然に乾杯できた。 「出発式」を進行しているのは専用の制服を着たJR九州のななつ星スタッフだ。 ななつ星スタッフにも二つの職務があるようで、ひとつは駅勤務のスタッフ、もうひとつはななつ星に乗務するクルー。八人のクルーには車掌の資格を持つ方が三人いて車掌の職務もこなすという。 私たちよりも少しだけ上の世代と思われる制服のおじさんがあいさつに来てくれた。七○一号室担当の吉村さんだった。 |
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