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走れ!バカップル列車
第90号 ななつ星in九州 旅立ち



   一

 みつこさんが特別な記念日を迎えるので「ななつ星」に乗ろうと思う。
 なにが特別なのかあんまりくわしく書くと叱られてしまうのだが、世間一般でまぁわりと節目とされている歳になる。いつもより盛大にお祝いしようと思っていて、この記念日に便乗してJR九州のクルーズトレイン「ななつ星in九州」に乗ってしまおうなどと考えていたのである。
 「ななつ星in九州」は二○一三年一○月にデビューした日本初のクルーズトレインである。機関車一両、客車七両の八両編成。「世界一の列車をつくる」という目標をかかげ、三十億円もの費用をかけて製造された。豪華な車両はもちろんだが、九州内を一周して出発地へまた戻ってくる周遊型寝台列車というところが日本初である。
 この突拍子もない列車の産みの親は唐池恒二社長(二○一三年当時)だろう。「九州に豪華寝台列車を」というアイデアはJR九州発足当初からあたためていたという。二○○九年六月に社長に就任してすぐに社内で検討を開始したというから恐るべき意気込みである。ななつ星はひとえに唐池社長の人柄と情熱の賜物といっていい。
 ななつ星プロジェクトをコンセプト、デザイン面から推進したのは水戸岡鋭治さんだ。インダストリアルデザイナーである水戸岡さんはJR九州初期のころから新しい列車の開発に参画して数々のヒット作を産みだしてきた。最初に大きく注目を浴びたのは、一九九二(平成四)年に登場した特急「つばめ」(787系電車)で、海外の車輌を思わせる斬新なデザインで瞬く間にJR九州の看板列車になった。その後もJR九州を中心に車輌、建築物のデザインを次々と手がけている。「ななつ星」はひとつの集大成ともいえるだろう。
 この二人のやりとりがなかなか興味深い。唐池社長が漫画家弘兼憲史との対談で次のように語っている(「PRESIDENT Online」2016年4月7日付より抜粋)。
《【唐池】最初は映画にちなんで「めぐり逢い」という名前を思いつきました。
 ……しかし水戸岡さんに電話で相談すると、いい返事をしない。水戸岡さんの反応が悪いと進みません。
 ……九州は七県、客車は七両、そして当初はクルーを七人乗せるつもりでした。七両、七県、七人。七と言えば北斗七星です。
【弘兼】すでに「北斗星」という寝台列車がありますよね。
【唐池】ええ。そこで辞書を引いてみると、北斗七星の和名で「ななつ星」と書いてある。「これはいい」と思って相談すると、反応もよかった。》
 もはやどちらが社長なのかわからないようなやりとりだが、唐池社長と水戸岡さんが二人三脚で指揮をとり、たくさんの社員、作業員、職人たちが力を合わせてななつ星が誕生したのは間違いないだろう。
 もとより万人向けの列車ではない。乗客になれるのはごく一部の限られた人たちだ。それでも鉄道オタクの意地として「いつか」は乗りたい。その「いつか」がいつになるのか、長いこと考え続け、機会をうかがってきたが、それは「いま」だろうと思い至った。

「みちゃん」春も近づくある日、声をかけてみた。
「なに」
「ななつ星に乗ろうと思うんだけどサ」
「うーん……予約がとれたらね」
 予約などとれないと思っているのだろうが、まんざらでもない様子である。JR九州のホームページを覗いてみると、乗車を予定していた二○二二年春・夏コースはすでに満席になっていた。募集は昨年の秋ごろにはじまっていたらしい。ぼんやりしているうちに早くもななつ星に乗り遅れてしまった。
 どうにかして乗れないだろうか。できれば春・夏コースに。ここからが思案のしどころである。いまさらながらJR九州のななつ星専用ホームページをまじまじと見てみると、隅っこの方に「旅行会社企画の旅行商品」というボタンがある。(なんだろう?)と思って押してみるとクラブツーリズムとかANAトラベラーズとか、旅行会社主催のツアーが並んでいる。前泊のホテル・食事代が入っていたり、JR九州が募集するツアーより価格が高めなのだが、まだ募集中のものもある。
 ANAトラベラーズのツアーに《「ななつ星in九州」の旅 三・四日間/福岡・佐賀・長崎・熊本・大分/二○二二年五月十三日(金)出発限定》というのがあった。金曜出発となっているのは商品として前泊も込みだからのようだ。出発日もおよそ当初の希望どおりだし、特に目を引いたのは、デラックススイートのAタイプとBタイプの値段に差がついているところである。これはチャンスだ。
 ななつ星の七号車は「スイート」よりも広い「デラックススイート」が二部屋あって、六号車側が「デラックススイート・Bタイプ」、車端部側が「デラックススイート・Aタイプ」(七○一号室)である。この「Aタイプ」は進行方向によっては列車最後部となり、去りゆく景色を独り占めできる最高に贅沢な部屋なのである。
 「デラックススイート・Aタイプ」は豪華なななつ星の中でも最高峰といえる。JR九州が企画するツアーでこの個室に乗るためには抽選に勝ち抜かなければならない。ただでさえ七倍から十倍の倍率といわれている。乗るだけでもたいへんなのに「デラックススイート・Aタイプ」ともなればさらに狭き門である。もともとくじ運の悪い私には縁のない部屋だと思い込んでいた。
 ところがANAトラベラーズのツアーなら申込み順で「選べる」。もちろん値段に差があって、BタイプよりAタイプの方が高いのであるが、くじ運が最悪の私にしてみれば、こちらの方がよほどフェアである。喜び勇んで電話してみたら、「デラックススイート・Aタイプ」は満席とのことであった。「スイート」なら空いてますよと勧められたが、これだけテンションをあげておいて、もはや「スイート」では満足できないから、やめますと答えてしまった。
 結局ななつ星には乗れないのか。一瞬だけだったがいい夢をみさせてもらったと思い諦めることにした。
(註)計画中の私が勘違いしたままに記述したが、実際はJR九州のツアーでも「デラックススイート・Aタイプ」「デラックススイート・Bタイプ」は選ぶことができ料金も異なる。



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