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走れ!バカップル列車 第88号 特急踊り子と天城越え(後編) |
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三 河津駅周辺にも鮎の塩焼きはなかった。『伊豆の踊子』にちなんだ学生と踊子の銅像があった。コロナ禍らしくマスクをしている。 バカップル列車は、その列車の始発駅から終着駅を乗り通すことをいちおうのルールとしているので、「サフィール踊り子」も伊豆急下田から乗る予定だ。河津から下田へ向かう次の列車は15時09分、これまた中途半端な空き時間である。食堂に入るには足りないが、なにもしないと時間はあり余る。迷いに迷ってコンビニでおにぎりを買う。買っても食べるところがなく、あちこちうろうろしているうちに電車の時間が迫ってくる。しかたなくホームのベンチで食べていたら、みつこさんが最後の一口を飲み込んだところで、下り電車が入ってきた。なにをするにも裏目に出てしまう。 普通電車は山あいを走って15時22分、伊豆急下田に着いた。帰りの「サフィール踊り子4号」は16時30分だから、一時間ほど時間がある。駅構内をうろうろしていると駅の中に居酒屋がある。少しでも腹を満たしておこうと入ろうとするが、みつこさんは「さっきおにぎり食べたから入りたくない」という。「サフィール踊り子」のカフェテリアがあるから、私も無理して居酒屋に入ることはないかと思う。 待合室でおとなしく座って発車時刻を待ち続けた。ゴルフ帰りらしいおっさんが何人かやってきて、ごきげんの様子で缶ビールを飲み始める。みつこさんは後にさらなる悲劇が起こることも知らず、なにも口にしないでただ待っている。 15時30分に「サフィール踊り子3号」が到着した。この編成が折り返し「サフィール踊り子4号」になる。実際の車輌を目の前にすると写真を撮りたくなるが、下田駅は列車ごとの改札をしていて、列車が来ないうちは改札口が締め切られ、むやみにホームに入れない。だからといって「サフィール踊り子4号」の改札まで悠長に待っていたら記念写真も満足に撮れないので、一六時が過ぎたところで入場券を買ってホームに入ってしまった。 写真を撮り始めると時間はあっという間に過ぎてゆく。気がついたら発車五分前になっていた。慌てて列車に乗り込む。荷物を置いて席に落ち着いたところで、定刻16時30分になり、特急「サフィール踊り子4号」が伊豆急下田を出発した。 「サフィール踊り子」は専用の新型電車E261系で運転される東京と伊豆をむすぶ特急列車である。全車グリーン車の八両編成で、一号車がプレミアムグリーン車、二、三号車が個室グリーン車、四号車がカフェテリア、五〜八号車がグリーン車という豪華列車である。今回の座席はプレミアムグリーン席の一号車一番A・B席。全車グリーン車の編成の中でもよりグレードが高く、東北新幹線、北陸新幹線のグランクラスの在来線版とでもいうべき席である。一列にA・Bの二席だけで、一両全部でも二十席しかない。海側(上り列車の進行方向右側)に独立した座席が並び、山側に通路がある。そのなかの一番運転席側の座席だから、下り列車だったら前面展望を楽しめるところだが上り列車なので運転席を背にして座ることになる。 車内アナウンスがはじまった。途中駅の到着時刻など定型的な情報は軽く聞き流していたのだが、放送が終わるころになって車掌がこんなことを言う。 「四号車カフェテリアでのお食事はご予約ですべて売切れとなっております」 脳天をバットで打ち砕かれたような衝撃が走った。カフェテリアでの食事は私たちにとって最後の砦のはずである。いざとなったら「サフィール踊り子」のカフェテリアがあるからと、それを合い言葉にして、鮎の塩焼きを思い出しながらもチョコとおにぎりひとつで天城を越えて、居酒屋にも入らず耐え忍んできたというのに、それすら食べられないということか。みつこさんはあまりのショックで寝込みそうな勢いである。 カフェテリアはヌードルバーとも呼ばれていて、乗客が伊豆の景色を楽しみながら気軽にラーメンなどの麺類を食べられるところであったはずだ。それなのに発車とほぼ同時に売切れとはなにごとであろう。そんなにすぐ売切れになるほどに、誰がいつ予約をしたというのか。いったいどういうカラクリなのだ。納得がいかない。 アテンダントさんが回ってきたので、すがりつくように声をかけた。 どうやらカフェテリアは「サフィール踊り子」の専用webサイトから予約できるようになっていて、この列車の分は発車前に予約だけで売切れになったとのこと。いまや何でもwebサイトである。乗ればなんとかなると思っていた。まさかwebサイトでカフェテリアの食事が予約できるとは思いも寄らなかった。時刻表にもそんな案内は載っていない。時刻表という時点で古いのか。「サシ」が新製されたとか喜んでいる場合ではないのである。昭和のおじさんは令和のカラクリに見事に乗り遅れたということだ。 それはそれとして、腹が減ってることに変わりはなく、お弁当の車内販売はないのか訊いたところ、なんと、それもないという。食べられるものといえば、パン、お菓子、乾き物、酒・ジュースぐらいしかないとのこと。カフェテリアで用意している食事が何食分なのか、列車全体の定員の何割程度を想定しているのかは知らないが、食事時間帯に運行される列車、しかも全車グリーン車の列車がこの有様でいいものなのか。一匹四百五十円の鮎が脳裏をかすめる。 しかたないので、メニュー表を見ながら富士山パンを注文する。ファミレスやチェーン系の居酒屋の店員さんが付けてるようなイヤホンとマイクでなにかこそこそ話している。返ってきた答えは売切れであった。がっかりである。ホントにどうしようもないので、マドレーヌ二個とみかんサイダーを注文して、みつこさんはトイレに行ってしまった。 アテンダントさんが再び来てくれた。マドレーヌが一個しかないという。もはや笑うしかない。マドレーヌ一個とみかんサイダーを買う。 戻ってきたみつこさんに「マドレーヌ一個しかなかったんだって」というと「しかたないね」といってひとつを半分に割るので、半分ずつ食べた。 |
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