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走れ!バカップル列車
第88号 特急踊り子と天城越え(後編)



   四

 営業内容はさておいて「サフィール踊り子4号」は列車としては順調に走っている。バスが着いた河津に停車し、伊豆稲取を発車すると線路は海沿いに出る。ここから片瀬白田までの区間は伊豆急行線の中でも随一の景勝地である。夕暮れ時の藍色の海が車窓に広がっている。この車輌には座席横の各窓と天井の間に細長い天窓があけられていて、それぞれが群青色に染まっている。
「あれなあに」とみつこさんが指差すのは伊豆大島だ。この付近の海岸の真東にあって、平たい三角形のようなカタチで横たわっている。
 17時06分、伊豆高原に着いた。発車は17時10分だから四分間停車する。この間にみつこさんをモデルに写真を撮るのが今回の旅の目的のひとつだ。プレミアムグリーン席の切符を買ったのも、日程を十月終わりか十一月はじめにしたかったのも、この写真を撮るためである。モデルさんには文庫本を読んでもらう。写真には本の文字までは写らないだろうが、もってきた本は『伊豆の踊子』である。本を持つ位置とか顔の角度とか座る姿勢とかをだいたい決めてもらって、私一人ホームに出て車内のみつこさんを撮影する。
 日没からおよそ二十分後、空の色の美しい時間帯であった。駅のホームの照明の具合も良かった。空とサフィール踊り子の車体とが同じような色合いになった。薄暗い車内に本を読むみつこさんの姿が浮かび上がる。三十秒程度の撮影だったが、想定していた以上の写真が撮れた。自分なりに満足したのでマドレーヌが半分でもまあ良いことにした。
 一号車の乗客は下田を発車したとき、私たちを含めて五、六人ほどだったが、伊東から前の席に鉄道オタクと思われる若者三人が乗り込んできた。私たちが解明できなかった座席の回転などいとも簡単にやってのけ、座席周りのどこからか電源をみつけてスマホの充電などしている。
 伊東を過ぎると日も暮れて外の景色はよく見えない。退屈したみつこさんは熱海を発車すると寝てしまい、私も小田原を通過したころからうとうと居眠りをしてしまった。気がつけば戸塚を過ぎ、横浜に停車した。まだ珍しいうちに入る列車だからか、ホームの乗客たちがこちらを見ている。写真を撮る人もいる。
 豪華特急は順調に東海道線を走り抜け、定刻19時20分に終着東京に到着した。空腹だったが途中寝てしまったのが良かったのかもしれない。みつこさんは東京駅に着くなり、地元の行きつけの店を予約してくれた。おかげで20時前にはめでたく二人で乾杯となった。

 伊豆の旅から早くも九か月近く経ってしまった。私が旅行記を書くのがあまりに遅いからである。いまこれを書いているのは、日本国民の多くが東京オリンピックに熱狂している二○二一年七月下旬だ。ここから先はバカップル列車というより、ただの独り言だと思ってほしい。
 この九か月の間、いろいろなことがあった。このバカップル列車の往路(第87号 「特急踊り子と天城越え(前編)」)で乗車した特急「踊り子」の185系電車は二○二一年三月のダイヤ改正でその役割を終えた。臨時列車として引き続き活躍している車輌はあるものの、一部の車輌は廃車解体されはじめているようである。
 我が家では昨年十二月はじめにみつこさんが左足を骨折してしまった。一か月以上のギプス生活を経て、冬から春へとリハビリを続け、夏が来てようやくふつうに歩けるようになった。たいへんだったと思う。みつこさんはがんばった。
 新型コロナウイルス感染症は収まるどころかさらに酷くなった。
 緊急事態宣言は、東京都でいうと現在までに四回発令されている。
 第一回 二○二○年四月七日から五月二十五日まで
 第二回 二○二一年一月八日から三月二十一日まで
 第三回 同四月二十五日から六月二十日まで(その後、まん延防止措置へ移行)
 第四回 同七月十二日から八月二十二日まで(予定)
 それぞれ第一波、第二波……と感染拡大に応じて政府ないし自治体が発令してきたものだ。その隙間にも東京アラートやらまん延防止措置とやらを織り交ぜてくるので、二○二一年が明けてからは緊急でもなんでもない日がいつだったかわからないほどである。GOTOキャンペーンはお得だなどと言えたあのころがもはや懐かしい。
 私たちの感じ方も変わってきている。二○二○年中は感染者が百人を超えたら大騒ぎだったが、二○二一年は千人を超えてもみんな平気な顔をしている。毒性が強いといわれる変異株が出てきて、真実の感染状況は悪化しているかもしれないのに、ウイルスそのものではなく緊急事態宣言やまん延防止措置に免疫ができてしまって、危機感は逆に薄れていく一方である。
 PCR検査の陽性者数というのも疑わしいものである。そもそもPCR検査の対象も人数も日々変わるから分母が一定していないはずなのだ。発熱したとか倦怠感があるとか、感染の疑いがある人たちが主な対象になっているはずだ。そこへ分子だけ声高に発表されても、私個人としてはにわかに信じがたい。
 理想は毎日国民全員にPCR検査を行うことだろう。それが物理的に無理なら、元気な人も、感染の疑いがある人も、若い人も、高齢者もぜんぶ含めて無作為抽出された母集団に対して検査を行い、その結果として算出された感染率が真実の感染状況の近似値と考えたほうがいいように思う。
 感染対策の決定打とされているのがワクチンだが、開発から接種までの手続きもお粗末である。挙げ句、一国の首相たるものが、民間企業の社長に「ワクチンを分けてください」と頭を下げている。立場もなにもかもめちゃくちゃである。これはもう、カノッサの屈辱の現代版でしかない。
 それでも東京オリンピックは強行開催される。国民の過半数が中止した方が良いと感じているのである。問題は政治判断の中心にいる人たちが真実の感染状況を把握しようとせず、したがって正しい意思決定ができないところにある。
 過去の太平洋戦争もこんな感じで止められなかったのだろう。コロナ対策の遅れを指して「一年経ってもなにも変わっていない」と言われるが、実際のところは八十年経っても日本はなにも変わっていないのだ。



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