リストに戻る
走れ!バカップル列車
第87号 特急踊り子と天城越え(前編)



   三

 さぁ、ここからが本日のメインイベントと言いたいところだが、我が嫁みつこはまだ居眠りを続けている。いつもいちばん景色のいいところで居眠りしてしまうみつこさんである。
 小田原を発車した「踊り子」はみるみるうちにスピードを上げ、小田原城の石垣の脇を抜け、箱根登山鉄道の線路を右に見送ると早川を渡る。川沿いの西湘バイパスから箱根へつながる道(国道1号線)にはクルマがびっしり連なっていた。
 早川駅を通過しトンネルを抜けると相模湾が見えてくる。もうひとつトンネルを抜けると撮り鉄の間で「石橋鉄橋」と呼ばれる、ゆるくカーブした橋を渡る。見通しがいいので、先頭車からずらりと続く列車の編成が見渡せる。「踊り子13号」は前方の伊豆急下田行きが十両、後方の修善寺行きが五両の十五両編成。在来線の特急列車では最も長い。三○○メートルに渡って緑のストライプが連なる様は圧巻だ。
 橋の左右の小さな集落を見送ってまたトンネルに入る。トンネル内に反響するモーター音が心地良い。このモーター音を最後に楽しみたいから十三号車(モハ184)を指定座席に選んだといっても過言ではないのである。
 山が迫ると狭い平地に道路と線路が並んで走り、いよいよ平地がなくなるとトンネルを抜け、谷間の小さな集落を越える。そうした光景を何度か繰り返す。根府川駅の手前数百メートルは、並行する道路が海岸近くの低いところにあり、線路は標高四○メートルの高いところを走る。遮るものがなにもなくなって、車窓いっぱいに海と空が広がるからこの二十秒間は幸せだ。
 根府川を通過するとすぐに「根府川鉄橋」と呼ばれる橋を渡る。かつては有名撮影地だったが、防風柵が設置されて車輌が見えなくなったからか、最近はここで撮影した写真をあまりみかけない。
 この先は海沿いでも茂みが伸びてきたりして海はなかなか見えない。それでも小さな漁港がちらちら見えたりしてまたトンネルに入る。真鶴トンネルを抜けると真鶴町の市街地になる。地形は平坦になり、真鶴半島の付け根を通ったりもするので海は遠ざかる。この市街地がそのまま湯河原の温泉街まで続いて湯河原に停車。千歳川という小さな川を渡って静岡県に入る。二・五キロほどの泉越トンネルを抜けるとまもなく熱海だ。13時20分着。この十九分間はあっという間である。

 熱海で前十両伊豆急下田行きと後ろ五両修善寺行きを切離すので、下田行きは三分、修善寺行きは五分停車する。鉄道おたくとしては切離し作業を見ておきたいが、通路側のみつこさんを跨がないと外に出られない。跨ごうとしたら、みつこさんが起きてしまった。
「あれぇ、気づいたら田舎になってる」目をこすりながらみつこさんがつぶやく。そうだろう、大船の手前からずっと眠っていたのだ。
 私ひとりだけ行こうとしたのだが、みつこさんも起きたついでに見学するという。二人してホームに出て、十号車と十一号車の連結箇所に来た。同じく切離し作業を見届けたいという鉄道おたくたちが早くも人垣をつくっている。作業員がホームから線路に降りて配管の取り外し作業をはじめる。いったんドアの閉まった修善寺行きの編成がゆっくりと一・五メートルほど後退した。連結面の空間が広がり作業がしやすくなる。少し動くから修善寺行き編成のドアが閉まるのかと合点がいく。しばらくすると再びドアは開いた。
 13時23分、伊豆急下田行きが先行して出発する。「伊豆の踊子」をあしらった絵入りヘッドマークが次第に遠ざかってゆく。修善寺行きの発車は二分後だ。ふと運転席を見ると見慣れない濃紺の制服を着た運転士が出発の準備をしている。熱海から先はJR東海なのか、と気づかされる。東海道本線といえば東京〜神戸間の幹線とおぼえていたものだが、民営化後は東京〜熱海間、熱海〜米原間、米原〜神戸間と三つのJRに分断され、さらに三十年も経つとJR会社間を跨いで走る列車はとても少なくなってしまった。修善寺行きの特急「踊り子」は二つのJRを跨ぐ数少ない列車である。
 乗り遅れてはいけないので、みつこさんと二人よたよた走って十三号車に戻る。ほどなくして13時25分になり、短い五両の「踊り子」が発車した。
 伊東線来宮駅の横を通過すると丹那トンネルに入る。箱根から伊豆へと続く火山地帯を貫通する全長七八○四メートルのトンネルで、十六年を超える難工事を経て一九三四(昭和九)年に開通した。丹那トンネル開通まで東海道本線は御殿場経由だったのである(現在の御殿場線)。
「長いね」ひと言つぶやいてみつこさんはスマホをいじり出す。できればここで寝ていてほしかった。私はしばらくトンネルにこだまするモーターの爆音に酔いしれる。トンネルを出て函南を通過して13時38分、三島に着いた。
 三島から「踊り子」は伊豆箱根鉄道駿豆線に入る。三島から修善寺まで一九・八キロの短い私鉄である。
 13時40分、三島駅を発車すると「踊り子」はキーキーと音を立てながら急なポイントを左へと渡り、JRから駿豆線の線路へと入る。そのまま急カーブを左へ左へとぐいぐい曲がり、進行方向を南へ向ける。左右は三島市の中心街で、洗濯物が干してある軒先をかすめたり、何台も自動車を待たせている踏切を通過したりめまぐるしい。車輪は相変わらずキーキーと音を立てていて、そうするうちに三島広小路を通過、その次の三島田町に停車する。
 大場(だいば)まで来るとだいぶ田畑が多くなってあたりは田園風景となる。駅の北西側には駿豆線の車庫や工場、伊豆箱根鉄道の本社がある。大場の少し手前から大仁(おおひと)付近までまっすぐ南へ十キロ以上ほぼ直線の区間が続く。狩野川(かのがわ)が作り出した平野が広がっているからで、急峻な山が連なる伊豆半島には珍しい一画といえる。後ろを振り返れば富士山が見えたかもしれないが、見落としてしまった。
 伊豆長岡、大仁と停車。大仁は一八九九(明治三二)年から一九二四(大正一三)年まで終点駅だった。一九一八(大正七)年十月にこの地を訪れた川端康成はこの大仁で下車したはずである。
 大仁からは蛇行する狩野川に倣って線路もS字型にくねくねと曲がる。牧之郷を通過して定刻14時6分、終点修善寺に着いた。



next page 四
リストに戻る