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走れ!バカップル列車 《特別編》
第83号 下津井電鉄の廃線跡をめぐる(後編)



   四

 道の両脇は次第に木々が高く茂り、眼下の大畠漁港は見えにくくなってくる。登り坂もようやく終わりに近づき、緑のトンネルが右にカーブすると、高速道路とJR線はいつしか合流し巨大な塊となって頭上に横たわる。瀬戸大橋へと続くこの塊の下をコンクリートのトンネルでくぐる。
 くぐった先が鷲羽山の駅跡であった。南から西へと針路を変えるカーブの途中にホームがある。「風の道」の中継地点のようになっていて、公衆トイレと展望台がある。
 ホーム脇の道を下るとおばあちゃんが言っていたお寿司屋さんが見える。登る道は鷲羽山への登山道である。
 地図を見ると標高は四十メートルぐらいで、おそらくこの付近が下津井電鉄の最高地点であろう。児島から下津井まで鉄道を通すには、いまのこの場所、神道山と鷲羽山の間の峠を越えなければならない。そのために阿津から登り坂が続いたのであり下津井まで下り坂が続くのだ。
 先ほどまで児島の東側の海が見えていたが、ここからは景色が変わり南側の海が見える。展望台に立つと、鷲羽山の麓の向こうに下津井瀬戸大橋がそびえている。
「やっぱでかいなぁ、瀬戸大橋は」
 こんな間近に瀬戸大橋を見るとは思っていなかったので感動もひとしおだ。
「外から見るのもいいもんだね」
 そういうみつこさんは橋から見るのもきょうが初めてである。
 しばらく二人で駅跡からの風景を楽しんでいたが、ふと時計を見ると一六時半近くになっていた。児島からここ鷲羽山まで三・八キロの道のりに二時間半かかっている。終点下津井まで残り二・五キロを歩くとしたら児島に戻るバスが終わってしまう。
 当時の電車が保存されているので下津井まで行ってみたいところだが、あんまり早足で行っても面白くない。みつこさんもこれ以上歩くのはつらいだろう。きょうの廃線跡めぐりはここ鷲羽山駅で途中下車とせざるを得ない。
 近くのバス停を探すことにした。とにかく海沿いに向かう。またも行き当たりばったりである。寿司屋のすぐ横にあった細い階段を下る。斜面をまっすぐ降りて平地の集落まで来たがバス停がどこだかわからない。
 パンとか牛乳とか雑貨とか色々売ってるよろず屋の前にちょうど自動販売機があったので、ファンタを買ってごくごく飲んだ。ずいぶん喉が渇いていたようだ。
 よろず屋の奥でおっちゃんと若いお兄さんが雑談をしている。ファンタのよしみでバス停の場所を訊いてみた。
「この道まっすぐ。ちょうどバスの時間だから、急げば間に合うじゃろ」
 言いながら、おっちゃんは前の道まで出てきてくれた。
「海沿いに道が二本あって、二本目の道に出れば左行っても右行ってもバス停あるから」
 親切なおっちゃんにお礼をいって道を急ぐ。すぐに海沿いの道に出た。小さな港に沿って道が湾曲している。左に行くと「田の浦港前」のバス停がある。次のバスは七分後の16時50分。どうにか間に合った。
 みつこさんがまぶしそうに空を見上げる。視線の先にあるのは下津井瀬戸大橋だ。来てみればここ田之浦は橋の真下にあって、上空を瀬戸大橋が通っている。鷲羽山駅跡からでも充分驚く光景だったが、それをはるかに上回る巨大建造物である。列車の通過する音がかすかに聞こえてきた。
 バスは遅れているようで、時刻表の時間になっても現れない。
 バス停の裏の家から小中学生くらいの姉弟が出てきて港で遊んでいる。すぐ後ろに洗濯物が干してあって、みつこさんが「これ大丈夫? 誰かに持っていかれないのかな?」としきりに心配する。
 行き当たりばったりの旅もいいものだ。瀬戸大橋を見上げるこんな静かな漁村に来ようとは、ほんの一時間前には想像すらできなかった。舫っている船をぼんやり見ながらバスを待つ時間は至福のひとときであった。
 五分ほど遅れてバスはやってきた。
 海沿いの道を進みながら、鷲羽山の展望台も通るので少しずつ高台に登ってゆく。右に左に曲がるうちに背後に瀬戸大橋が見えてきた。傾きつつある太陽の光が海にキラキラと反射して、大きな吊り橋がシルエットになって浮かび上がった。思わぬ絶景に車内から歓声があがる。
 さらに坂を登ると下電ホテル前に停車した。ホテルの駐車場に下津井電鉄の赤と白の電車と黒い貨車が一両ずつ停まっていた。下津井まで行けなかったのに軽便鉄道の小さな車両を見ることができたのは幸運であった。



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