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走れ!バカップル列車 《特別編》 第83号 下津井電鉄の廃線跡をめぐる(後編) |
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五 「ひろさんありがとね。あたし、すごく楽しかったんだ」 帰宅後数日間、みつこさんがしきりにそう繰り返す。これほど楽しかったと言ってくれるのも珍しい。 十五年以上連れ添っていながら、つい最近まで気づいてあげられなかったのだが、みつこさんはじつは旅が好きではない。いや、嫌いでもないのだが、ふつうの人が観光旅行に求めるもの、絶景や名所旧跡、温泉などにはほとんど興味がないのである。思い返してみると、たしかにみつこさんの口から「温泉行きたい」というセリフをただの一度も聞いたことがない。 それなのにバカップル列車を続けられたのは旅先でおいしいものが食べられるからだ。そしてもうひとつ、おかしなカラクリだが、名所旧跡にも寄らず、温泉にも入らず、列車ばかり乗っていてもとくに不満がでなかったのは、みつこさんの興味がそこになかったからでもある。 みつこさんが好きなのに、いままで決定的に足りていなかったのは買い物だ。みつこさんは温泉よりもデパートや商店街が好きなのである。 それからバカップル列車を運転するときは買い物の停車時間を増やすことにした。ジーンズストリートの話を聞いたとき、児島でショッピングの時間をきちんと確保しようとそれだけは計画しておいた。今回みつこさんが旅を楽しんでくれたいちばんの理由はそこではないだろうか。そして肩が治ってきたことも大きく関係しているだろう。 もちろん私も楽しかった。みつこさんの話を聞くのは、たんに希望を聞き入れるためではない。みつこさんは私には思いもよらないものや見落としたものを見つけてきてくれる。二人の目で見れば視野はぐんと広がり、旅も日常も一層楽しく豊かなものになる。 下津井電鉄の翌日四月二十二日日曜日、私たちは倉敷の美観地区を散歩した。 人力車に乗ったり、吉備団子が出てくるカフェで休憩したり、デニムストリートの店を回ったりした。 児島のジーンズストリートに対し、倉敷にはデニムストリートがある。ここでみつこさんは前日の白いシャツに続き、インディゴブルーの夏用帽子を買った。シャツも帽子もジーンズとは若干離れているが、そこはご愛敬であろう。 それにしても驚いたのは、倉敷の人出である。休日の美観地区は倉敷川沿いもデニムストリートもとても賑わっていた。 この観光客たちを児島にも案内できないだろうか。 ひとつ考えたのは、倉敷と児島を結ぶシャトルバスだ。倉敷〜児島間はいまもバスが走っているが地元客向けで時間もかかる。バス停の数やルートを工夫したりして、三十分程度で着くのが理想だろう。 鉄道好きがさらに考えるのは、下津井電鉄の復活だ。 かつての軽便鉄道は山陽線から離れた茶屋町始発というのが致命的だった。四国へ渡るのに、岡山で乗り換えさらに茶屋町で乗り換えて下津井に向かう乗客は少なかったのである。 そこで新下津井電鉄は山陽線の倉敷始発とし、児島まで直結する。いま残されている遊歩道を最大限に活かし、それでも用地が確保できないなら路面電車という方法もある。倉敷から電車が通じれば児島のジーンズストリートや鷲羽山はもっと賑わうのではないか。 現実にはできなくても、私たちの勝手な想像ならいつでもできる。そんな空想のバカップル列車はまた別の機会に走らせてみようと思う。 |
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