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走れ!バカップル列車 《特別編》
第83号 下津井電鉄の廃線跡をめぐる(後編)



   三

 瀬戸大橋線をくぐるといよいよ海沿いに出る。標高はすでに二十メートルぐらいだから瀬戸内海もさぞきれいに見えるだろうと思っていたら、ベージュ色をした巨大なビルがどんと建って視界を遮っている。なにかと思えばこれが「ボートレース児島」と宣伝が出ている競艇場なのだった。
 耳を澄ますと「ブン、ブウウン」とモーターの音が聞こえてくる。
「まさか、レースここから見える?」
「見えるんだったら、ここから見る人もっといるんじゃないか」
 みつこさんがいう。たしかにあたりは私たち以外人はいない。さきほど追い抜いていったお年寄りが戻ってきたぐらいだ。
「でも、かなり音聞こえるよ。どこかから見えるはずだよ」
 言いながら歩き続けていると、ビルが切れたところから競艇場の水面が少しだけ見えた。
「ここにボート通るんじゃない?」
 次第にブンブウンというモーター音が近づいてくる。その音が最大になったところでボートが飛び出してきた。
「見えた!」
 五、六艇がひしめき合いながらブイの周りを横滑りで旋回してゆく。
「けっこう楽しいかも」
「モーターの音ってテンションあがるね」
 ひとつのレースで何周かするらしく、ビルの陰に隠れたボートたちがしばらくするとまた姿を現す。
「来た来た」
「さっきより差が広がってる」
 邪魔者のはずのボートレースをしっかり楽しんでしまった。選手の名前も誰が勝ったかもわからなかったが、漫画家の蛭子能収さんがボートレースにはまる気持ちが少しだけわかった気がする。
 結局、二、三レースほど見届けて歩き出す。琴海駅跡が見えてきた。島状になったホームの両側に線路跡があり、列車のすれ違いができる構造だったようである。
 目の前に瀬戸内海が広がって、そこここに大小の島が浮かんでいる。色が濃くてきれいな三角形に見えるのが大槌島(おおづちじま)だろう。右奥にうっすら見えるなだらかな山々はもう四国かもしれない。
 木漏れ日の中にベンチがあるので再び休憩。先ほどからなかなか進まない。
 時折、ランニングをする人たちが行き交う。私たちを追い抜いて行った二人目のおばあちゃんが戻ってきた。
「どこまで行って戻ってくるんですか?」
 思わず声をかける。おばあちゃんは来た道を指さして、
「この先に鷲羽山の駅があるから、そこまで」と答えてくれた。
「駅の先にお寿司屋さんがあって、ときどきお寿司食べて帰ってくるの」
 はにかみながらくすっと笑う。
 鷲羽山は「駅名標」によれば琴海から〇・九キロ。おばあちゃんの言葉に刺激され、私たちは再び歩き始めた。
 視界いっぱいに瀬戸内の青い海が広がっている。太陽の光、海の風が心地よい。ときにみつこさんが前に、あるいは私が先頭に立ち、バカップル列車がトコトコ走る。ゆるやかな曲線、なだらかな坂道、赤と白の小さな電車がレールの上を滑ってゆく。



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