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走れ!バカップル列車 《特別編》
第83号 下津井電鉄の廃線跡をめぐる(後編)



   一

 いよいよ待ちに待った廃線跡めぐりである。どこまで行けるかわからないが、きょうは一九九〇(平成二)年に廃止された児島〜下津井間を歩こうと思う。
 うどん屋の前の道と下津井電鉄の廃線跡は離れているが並行している。どこかで道を曲がって廃線跡に入らないといけない。
 信号の角を曲がってしばらく行くと、黄色っぽい土を敷き詰めた車一台通れるくらいの幅の道にぶつかった。ここが下津井電鉄の廃線跡である。敷地を譲り受けた倉敷市が遊歩道として整備し、「風の道」と名づけられている。
 旧児島駅からここまで「風の道」とは別ルートを歩いてきてしまったが、短い区間だし、みつこさんの体力も考慮して割愛する。
 四月とはいえ陽ざしは日に日に強くなっている。みつこさんは帽子を目深にかぶった。買ったばかりの白いシャツは強い日光をいくらか遮ってくれるだろう。
「ここに電車が走っていたんだね」
 みつこさんは目を細めて行く先を見つめた。道は南北にゆったりしたカーブを描いている。このカーブが鉄道好きにはたまらない。鉄道の線路でなければこのようなカーブはありえないからである。
 鉄道は鉄のレールの上を鉄の車輪が走る。つるつるした鉄同士なので摩擦が少なくエネルギー効率が良いのがメリットだが、反面滑りやすく小回りが効かない。急カーブ、急ブレーキ、急勾配は御法度だ。結果、鉄道の線路はカーブも坂道もゆるやかになり、自動車や歩行者の道とは明らかに異なる形状になる。
「風の道」はまさしく鉄道の線路だ。なめらかなカーブの道を歩くだけで列車に乗った気分になる。
 しかも架線を支える架線柱がところどころ残っている。かえって維持管理がたいへんになるのに、それを覚悟でわざわざ残してくれたのだから涙が出るほどうれしい。赤茶色の鉄製で、断面が三角形をしている珍しい架線柱だ。単線なので基本的に線路の片側で支える架線注が多いが、中には線路の両側で支えるものもあり、いろいろ種類があって面白い。
「風の道」のすぐ脇で洗濯物を干しているおばちゃんがいた。私たちが目の前を通るのにおかまいなしだ。
 おばちゃんの家に限らず、この付近の線路は市街地にあって、民家の軒先や町工場の裏手をかすめるようにして走っている。境界の柵や塀などほとんどない。
 代わりに道と民家との隙間には花壇があって色とりどりの花が咲いている。これほどたくさんの花を咲かせるまでにはたいへんな努力があっただろう。周辺の立て札などから察するに地元の有志たちが自主的に咲かせてくれているらしい。
 鉄道の廃線跡は廃墟と化したり、自然に帰ってしまうものが多い。そんな中で下津井電鉄の廃線跡は自治体と地元の人たちによってまだ生かされているのだと私は思う。ゆるやかに伸びる道も、架線柱も、花も、地元の方たちも、いまなお下津井電鉄に寄り添っている。みんなの心の中で電車は走り続けている。
「ここらへん、板塀の家が多いね」
 みつこさんが左右の家々を見ながらいう。言われてみればたしかにそうで、しかもペンキ塗りの板塀などはなく、黒やこげ茶色になるまで表面を焼いた板を使っている。
「なんでこういう家が多いの?」
 みつこさんの問いにそのときは答えられなかったが、あとで調べてみると「焼杉板」といって杉板の表面を焼いて耐久性を持たせたもので、瀬戸内地方に多いということだった。
 みつこさんのこういう問いは小学生みたいな素朴なものが多いが、私ひとりだと見落としがちなところをきちんと拾ってくれるからとてもありがたい。
 道行く人は想像していたほどではない。それでもときどきランニングをする人とすれ違ったり、ウォーキングのお年寄りに追い抜かれたりする。私たちはちんたら歩いているが、地元のお年寄りは歩くのがなかなか速い。



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