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走れ!バカップル列車 《特別編》
第82号 下津井電鉄の廃線跡をめぐる(前編)



   三

 翌四月二十一日土曜日、窓の外には青空が広がっている。ところが朝からみつこさんは浮かない顔だ。
「てっきり土日の二日間だと思い込んでたからサ、替えのパンツ一枚しか持ってこなかったんだよね」
 しっかり者のみつこさんらしからぬ大失態である。私なら二日続けて同じのなんて訳ないが、女子となるとそういう訳にもいかないようだ。
「どこか店があったら買えばいいよ。倉敷だって大きな街だよ」
 江戸っ子のみつこさんは、必要なものは東京じゃないと揃わないと思い込みがちだ。
「そうさせてもらうよ」
 とりあえずその場は収まったが、心配症のみつこさんのこと、内心は気になってしかたがないはずだ。できるだけ早くパンツを調達しなければと私は心に誓った。
 さて、いよいよ今日が旅の本番である。
 八時半ごろ宿を出て児島へと向かう。
 児島半島南部に位置する児島は現在倉敷市だが、もともとは児島市であり倉敷とは別の街だった。距離も離れていて、鉄道で倉敷から児島に行くにはいったん岡山に出なければならない。バスで行こうかとも考えたが、所要時間は変わらないので鉄道で行くことにした。フルムーンパスがあれば快速「マリンライナー」のグリーン車にも乗れる。
 駅まで来てふと考えが浮かんだのは、「マリンライナー」に乗るなら児島で降りてしまうのはもったいない。一駅足を延ばせば瀬戸大橋を渡れるではないか。そこでいったん坂出まで乗って、児島に戻って来るように窓口でグリーン券を発券してもらった。
 8時50分の山陽線で岡山に出て、岡山9時32分発の快速「マリンライナー17号」に乗り換える。
 グリーン車は五両編成の先頭にある。前方がよく見えるパノラマ席は取れなかったので、二階席だ。
「マリンライナー」はもともと児島湾といわれた干拓地のへりをぐるりと迂回するように走る。茶屋町で宇野方面の線路と別れて、新幹線のような高架線に滑り込む。
 本来の目的地である児島を過ぎ、トンネルを抜けると瀬戸大橋だ。列車は宙を飛び、左右に青い海が広がる。大小の船が白波を立てて行き交っている。陽の光を受けてきらきら輝く水面(みなも)がまぶしい。
 みつこさんはきょろきょろと窓の外をのぞき込み、瀬戸大橋からの眺めを楽しんでいる。
「ほらほら、船が来たよ」うれしそうに大型タンカーを指さす。
 まるで初めて渡るかのようだが、みつこさんが瀬戸大橋を渡るのはもう四回目である。寝台特急「サンライズ瀬戸」、高松行き快速「マリンライナー」、徳島からの特急「うずしお」で渡った。その三回ともみつこさんは居眠りをしていた。「サンライズ」のときは岡山で出雲市行きを切り離すところまで見ているのに、そのあと寝てしまうのである。関西本線の加太越えも肥薩線の矢岳越えのときもそうだ。ここは居眠りしないでよというところでいつも寝てしまう。
 四回目のチャレンジでみつこさんはようやく瀬戸大橋からの眺めを楽しむことができた。しかも開通三十年という節目の年で、私としては感慨深いものがあるが、当の本人がその快挙を自覚してないのがなんとももどかしい。
 快速列車はあっという間に瀬戸大橋を渡り、四国最初の駅、坂出に停車した。ここで下車して反対方向の快速「マリンライナー」で来た道を戻る。もう一度瀬戸大橋を渡って児島には10時40分に着いた。
 児島駅を出て、今日の目的地であるジーンズストリートに向かう。地図を見ると駅から徒歩十分ほどのところにあるらしい。
 武佐衛門通りという広い道路へ出てしばらく歩くと、思いがけない看板が目に飛び込んできた。
「みっちゃん! 見てよ」
「なぁに?」
 呑気な返事がかえってくる。ことの重大さにまだ気づいてないようだ。
「なにって、『しまむら』だよ!」
 ほかでもない、ファッションセンターしまむらの看板を見つけたのである。「パンツ、ここで買えるじゃん!」
「そうか!」
 みつこさんもようやく事態が飲み込めたようで、そうとわかると「しまむら」に一目散に駆け込んだ。
 ほかの商品には目もくれずパンツの棚の前に立つと、あっちのパンツ、こっちのパンツと手に取り、比べ、迷っては、みつこさんは優に十五分はパンツとにらめっこをしていた。そうして吟味に吟味を重ね、二枚セット五百八十円の水色のパンツを買い求めた。
 みつこさんも私もようやく安心である。しかし、ジーンズストリートをたずねて児島に来たのに最初の買い物が水色のパンツというのはどういうことだろう。



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