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走れ!バカップル列車
第81号 叡山電車



   三

 鞍馬では駅周辺をうろうろしたくらいで、とくにすることもなく来た道を戻る。途中、次の貴船口〜二ノ瀬間のひと駅を散歩しながらスナップ撮影である。
 出町柳から乗ってきた「きらら」は三分で折り返してしまい、乗れなかった。次の電車は三十分後の10時02分発だ。休日の鞍馬線は日中は十五分間隔だが、なぜかここだけ開いている。
 定刻になり出町柳行きの電車が発車した。車両は800系という角張った感じのクリーム色の電車だ。運転席後ろにかぶりついて前方を眺める。
 駅を出るとすぐに急な下り坂だ。標識は見落としたが最大勾配の五○パーミル(‰)はあったかもしれない。まるでジェットコースターのような感じで急カーブ、急勾配を右に左にくねくねと下ってゆく。鉄橋を渡り、トンネルをくぐり、息つく暇もない。あっという間に貴船口に着いた。
 降りた電車をホームで見送る。あたりを見回せば、周辺の木々はきれいに紅葉している。
「次の電車が来るところをこのホームから撮りたいんだけど、いい?」
 と、言って出口に向かおうとしているみつこさんを引き留める。
「線路に落ちないでよ」
 みつこさんの心配が湧き起こってくる。「あ、そこ邪魔!」
 叱られながら八分後にやってきた鞍馬行きの電車を撮った。
 ホームから階段を降りて前の道に出ると、バス乗り場があったり、観光案内の人が立っていたりする。貴船神社はこの先二キロほど北に登ったところにある。
 私は鞍馬寺にも、貴船神社にも行かず、「撮り鉄」をゆく。みつこさんが観光地にまったく興味を示さないのは救いである。
 撮影ポイントはあらかじめネット検索していくつか候補を探しておいた。
 貴船口から一番近い撮影ポイントは、駅からの道が鞍馬川を渡る橋の上だ。梶取橋というその橋は探すまでもなく、線路をくぐった先にすぐみつかったが、電車と一緒に入れると写真映えするはずのもみじの木にはほとんど葉が残っていなかった。
「枯れ木を入れてもなぁ」みつこさんも苦笑い。
 それでも申し訳程度に一本だけ撮って、早々に二ノ瀬に向かって歩きはじめた。
 この先、四、五○○メートルは線路が川の向こうの茂みに隠れてしまい、撮影ポイントがない。本来なら次のポイントめざしてほまっしぐらに歩くのだろうが、途中で目にするものにみつこさんも私もつい見入ってしまう。顔のイラストが描いてある黄色いバケツとか、メロンクリームソーダという謎の飲料水を百円で売る自動販売機とか、「ハコスカ」といわれた旧型のスカイラインとか……。いちいち立ち止まって笑ったり写真を撮ったりしていたら、電車二本撮り逃してしまった。

 次の撮影ポイントは西方の夜泣峠に続く道が線路を渡る踏切付近だが、なかなかその踏切へ向かう道がみつからない。二ノ瀬の集落の細い路地をあちこちと迷っていたら、なんとかたどり着いた。
 次の電車まで一、二分しかない。きちんと構図を決める余裕もないまま、とりあえず踏切脇で電車と神社と紅葉を入れた写真を撮る。その後も十五分ほどこの踏切付近に留まり、電車二本を撮影する。
 再び二ノ瀬の集落に戻り、まさかここじゃないだろうという細い路地を進むとそこが二ノ瀬駅の入口だった。十メートルほど階段を登り駅のホームに着いた。貴船口からおよそ一時間弱歩いたことになる。
 ホームのベンチに座ってしばらく休憩。みつこさんはおなかが空いてきたといって、鞍馬の駅前で買ったパンを食べはじめた。紅葉のシーズンは昼ごはんを食べるのも大行列だという噂だったので、昼はパンで済ますことにしたのである。私はパンは後にして駅を出入りする電車をスナップ撮影した。
 もう一か所行きたい撮影ポイントは市原寄りの「もみじのトンネル」を抜けたところにある鉄橋である。集落へ降りてその場所を探すがなかなかわからずに二本取り逃してしまった。
 ようやく見つけたそのポイントには同じく電車を撮っていた若者が二人いた。私が撮り逃した電車をちょうど撮り終えて、自転車に乗ってどこかへ向かうところだった。最初は同業の撮り鉄さんかと思ったが、どうやら様子が違う。
「いい自転車だねえ」
 声をかけると、宝ケ池から貴船神社まで自転車で向かう途中だという。たまたま電車が通りかかったから写真を撮っていたんだそうだ。
「ここからの登りがきつそう」
 笑いながら若者は軽やかに走り去る。
「さわやかな青年だな」みつこさんは感心して後ろ姿を見送っていた。
 途中、パンを食べたり休憩を交えながら、鉄橋付近と二ノ瀬駅でしばらく撮影を続けた。しかし何度行き来しても二ノ瀬駅の入口はわかりにくい。
 鉄橋の近くにとても紅葉のきれいな一画があったので、ふらふらと見に行こうとしたら呼び止められた。予約して入場券を買わないと入れない「白龍園」という庭園だそうだ。入場券は出町柳駅でしか販売してなくて、きょうの分はすでに売切れだった。
 撮影を一通り終え、二ノ瀬12時59分発の上り電車に乗りこんだ。13時14分ごろ宝ケ池着。
 ここでまた「乗り鉄」に戻って、未乗の叡山本線に乗車する。
 次の八瀬比叡山口行きは13時16分に発車。接続が良いのはいいが、叡山本線の列車は一両だけなので大混雑であった。
 満員電車に五分ほど揺られ、13時21分、終点の八瀬比叡山口に着いた。
 ここでケーブルカーに乗り換えれば比叡山に行ける。駅の南側には紅葉の庭園が見事といわれる瑠璃光寺(るりこうじ)がある。私たちはどこにも行かず、二人並んで駅前のベンチにぼんやり座った。
「ん? この駅、なんて読むの」みつこさんが駅名の看板を指さす。横書きを右から書いてるので読みにくいらしい。
「ヤセ、ヒエイザン、ヤマグチ……だよね」
「それじゃ、一つの字を二度読んでることにならない?」
「えー待って待って!……ヤセ……ヒエイザン、ヤマ……」
「そこ。『ザン』と『ヤマ』」
 繰り返すこと五、六回。みつこさんはようやく正しく読めるようになった。



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