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走れ!バカップル列車 第81号 叡山電車 |
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四 出町柳には十四時ごろ戻ってきた。 京阪電車に乗り換える途中、約束通り「下った後そのまま動く歩道になるエスカレーター」に乗った。みつこさんが目をきらきらさせて階段状から真っ平らになるところを見つめている。 「でも、同じようなところ秋葉原にもあるよ」と私がいうと、みつこさんは「えー!? 早く言ってよ〜」と口を尖らせる。 嵐山の宿に向かうには、京阪電車→(三条)→地下鉄東西線→(二条)→JR山陰線と乗り継ぎが必要である。 まっすぐ宿に行くなら山陰線を嵯峨嵐山で降りればいいのだが、ひとつ先には保津峡がある。晩ごはんまでまだ時間があるから、保津峡でトロッコ列車を撮影しようと思いついた。 「みちゃん」 「なに」 「このままひとつ先の保津峡まで行って、写真撮ってもいい?」 みつこさんはちょっとお疲れの様子だったが、「もう同じだよ」と呆然とした顔で同意してくれた。 二条を14時49分に発車した亀岡行き普通列車は15時01分、保津峡に着いた。ホームには写真撮影する人たちが十人ほど並んでいて、私は列車のドアから降りたその前でカメラを構えた。 この駅は保津川を跨ぐ橋の上にホームがある。一九八九(平成元)年山陰本線嵯峨(現、嵯峨嵐山)〜馬堀間が複線の新線に切り替えられるときここに移設されたのだ(「走れ!バカップル列車 第79号 嵯峨野トロッコ列車」参照)。 川の向こうにトロッコの線路が走り、背後に紅葉の山々が連なる。眼下に保津川下りの舟がどんぶらこどんぶらこと流れてきた。 「あ、みんな乗ってる!」 みつこさんが舟に向かって一生懸命手を振る。舟の客たちもこっちに気づいてくれた。 「ねえねえ、みんな手振ってくれたよ!」 このつかの間の邂逅にみつこさんは味を占め、舟が来るたびに全力で手を振るようになった。 さて、次に撮影できるトロッコ列車はトロッコ保津峡駅を15時12分に出る下り列車である。紅葉の山々と列車を入れる構図で狙う。 トロッコ列車が来た。シャッターを押す指に力が入る。 「あれ? 向こうにトロッコが走ってるよ」みつこさんが川の向こうを指さす。そして言う。「ひろさんもトロッコの写真撮りなよ」 その驚愕のひと言に動揺しながらも、なんとかシャッターを押した。 顔をあげて、深呼吸してから答える。 「おらは……おらは、トロッコ撮るために来たんだってば」 「ええっ!そうだったの?」みつこさんが逆に驚いている。「ここにいる人たちもみんなトロッコ?」 「全員トロッコ。全員撮り鉄」 「そうなんだー。ああ舟撮る人、こんなにいるんだ!って感心してたのに」 相変わらずとんちんかんだが、みつこさんが元気になってくれてひと安心である。 さきほどトロッコ亀岡に向かったトロッコ列車が三十分後に上り列車になって帰ってくる。トロッコ保津峡着は15時40分。こんどは列車と川を入れる構図で撮ってみたが、わずかにタイミングを外してしまった。ちょっとがっかり。 心残りだが、あと一本待ったとしても谷が日に陰って写真はきれいに撮れない。宿に着くのも遅くなる。後ろ髪引かれる思いで保津峡を後にした。 翌十一月二十六日、宿を出発したあと、私たちは真っ先に渡月橋のたもとにやってきた。みつこさんが乗りたいという人力車の乗り場があるのだ。みつこさんが自らの意思で「○○に乗りたい」とか「△△に行きたい」というのは珍しいから、できるだけ叶えてあげたい。昨日は「撮り鉄」に付き合わせたという負い目もある。 渡月橋から出る人力車はどれも嵯峨野周辺を周遊するが、お試し的な三十分コースから、半日貸切コースまでいくつかあり、時間と人数によって料金も変わる。三十分では物足りなさそうなので、一時間コースを申込んだ。ちょうど人力車が出払ってしまい、しばらくお待ちくださいとのこと。 葉が少なくて少々寂しげな嵐山を見ながら待つうちに、目の前の乗り場から先客たちが出発していく。車夫のお兄さんたちは皆勇ましくて格好いい。 十五分ほどすると周遊を終えた人力車が次々戻ってきた。 「あ、女の子がいる!」 みつこさんに言われて見ると、がっしりしたお兄さんたちに混じって一人だけ女の子の車夫さんがいた。遠目だが華奢な感じだ。すごいなと驚く反面、私たちが二人も乗り込んだら引いてもらうのは申し訳ないとも思ってしまう。 そんなことをぼんやり考えていたら、なんとその女の子が私たちのところへ来てくれた。 近くでみてもやはり小柄で細い。でも笑顔がかわいくて、とにかく元気だ。みつこさんと私は、松村さんというこの車夫さんに身を委ねることにした。 いざ乗ってみると松村さんはじつに力強く私たちを引っ張ってくれた。人混みを縫いながら竹林の小径を軽やかに駆け抜ける。「申し訳ない」などと思うのはかえって失礼だったと反省した。 「待っている間に松村さんが帰ってきたのを見て、私たちの担当になってくれないかなぁって思ってたんですよ」 みつこさんがいう。女性車夫さんは嵯峨野には松村さんのほかはあと一人だけ。途中の道々でも「女の子が引いてる!」と声をかけられる。乗ってる私たちまでがなんだか誇らしく思えてくる。 「一日何キロ走るんですか?」みつこさんが尋ねた。 「四十キロっていわれてるんですけど、本当はもっと走ってますね」 松村さんの話は続く。「年に何回かマラソン大会に出るんです。車夫仲間を誘うんですけど、休みの日まで走りたくないって断られちゃいました」 紅葉のことを訊いたら、時季としてはいまが見ごろだけど、今年は台風の影響で色づく前に散ってしまった葉が多くて、いまひとつとのこと。貴船口のもみじや嵐山の木々に葉がなかったのはそういう理由だったのかと合点がいく。 野宮神社の前を抜け、山陰線の踏切を渡り、田園風景が広がる落柿舎(らくししゃ)付近を次々と回る。宝筐院(ほうきょういん)というお寺には松村さんも一緒に入って参拝してくれた。知らないお寺だったが紅葉がとてもきれいだった。 渡月橋に帰ってくると一時間半近くかかっていたが、そんなことは感じないほどに楽しいひとときだった。 京都の旅からひと月経った年の瀬に松村さんから葉書が届いた。 「お写真ありがとうございました。“あの女の子に乗りたいねって言ってたの”と奥様からお言葉を頂戴したことがとても嬉しく、いまも鮮明に覚えております」 |
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