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走れ!バカップル列車
第81号 叡山電車



   一

 ひょんなことで昨年の晩秋、京都の嵐山に出かけた。あまり期待していなかったのだが、思いのほか楽しかった。バカップル列車を走らせた嵯峨野観光鉄道も思わず泣いてしまうほど感動した(「走れ!バカップル列車 第79号 嵯峨野トロッコ列車」)。
 ただひとつの心残りは紅葉が少しばかり時季を過ぎていたことだった。私たちとしては充分きれいで楽しめたのだが、地元の方が言うには、最盛期の美しさはこんなものではないという。
 それなら、いちばんの美しさを見に行こうと今年の春ごろに時季を一週間ほど早めた日程で嵐山の宿を予約した。もちろん葉の色合いや最盛期となる日は年によって微妙に異なる。果たしてその日が本当に見ごろになるかどうかはそのときになってみないとわからない。間違いないのは、そのころは京都中が大混雑になることぐらいだ。
 秋に京都の紅葉を見に行く。このことを密かな楽しみにして、春が過ぎ、夏が過ぎた。みつこさんの五十肩が治るまでは泊まりがけの旅には出ないと約束したが、京都の宿を予約したのは、その約束をする前だったから、これだけはみつこさんも例外として認めてくれた。
 そんな経緯で決めてしまった京都行きだから、じつはどの路線でバカップル列車を走らせようか、秋に入っても決めていなかった。
 もちろん、だいたいの目星はつけている。
 嵯峨野のトロッコ列車と京阪の京津線、石山坂本線(「走れ!バカップル列車 第60号 京阪電車大津線」)はすでに乗車しているから候補から外れる。昨年候補になっていながら混雑が心配で結局行かなかったのが、叡山電車と「嵐電(らんでん)」と呼ばれる京福電気鉄道である。
 有力候補はこの二つに絞られるが、さらに沿線の紅葉が楽しめるかどうかを考えるとやはり叡山電車に軍配があがる。
 紅葉を優先するのは、せっかくのシーズンだからという理由のほかに、紅葉と鉄道を絡めた写真が撮れるからでもある。
 一昨年の秋にデジタル一眼レフカメラEOS 6Dを買ってから、私はそれまでの「乗り鉄」だけでなく、「撮り鉄」も兼ねるようになった。しかも今年三月からは鉄道写真家 山崎友也さん(*)の写真教室に通いはじめ、それまで思いもよらなかった鉄道写真の難しさ、奥の深さを教えてもらうようになって、ますます写真が楽しくなってしまったのである。
 紅葉を題材にした写真を撮りたいという気持ちは以前にも増して強くなっている。昨年のように乗車のついでにトロッコ列車を撮った程度では、今年は満足できない。
 ひとつ気がかりなのは、バカップル列車で本格的な「撮り鉄」をするとなると、みつこさんを私の「撮り鉄」に付き合わせなければならないことである。
 冬の北海道で撮影するときなどは、バカップル列車とは別に私がひとりで撮影旅行に出かけていた。そんな過酷な旅程にみつこさんを付き合わせる訳にはいかない。山道を登ったり、何キロも歩いたりというのは禁物である。スナップ撮影なども交えながらそれほどハードでないロケをするのが理想的だ。
 その点でも叡山電車は私の希望に適っている。調べてみると鞍馬線の二ノ瀬〜貴船口間は紅葉と絡めた撮影ポイントが沿線各所にあるらしい。駅間距離も一キロ程度なので、ぷらぷらと散歩気分で撮影できそうだ。
 混雑はどうやって避けるのか、それとも我慢して巻き込まれるのか。心配は最後まで残るが、みつこさんと相談しながら、改めて調べたり現場で対処しようと思う。

 二○一七年十一月二十五日、みつこさんと私は朝五時半に東京駅に来た。
 シャッターが開いたばかりの弁当屋で駅弁を買い、十五番ホームに上がると「のぞみ1号」はすでに扉を開けていて乗客たちが続々乗り込んでいる。「のぞみ」の自由席は三両しかない。私たちはホームを小走りして二号車の座席を陣取った。それにしても新幹線の一番列車の、しかも自由席に乗ることになろうとは、私ははじめ想像すらしていなかった。
 一週間ほど前のことだ。朝ごはんを食べながらみつこさんが訊いてきた。
「何時の新幹線に乗るの? もう来週だよ、京都」
 私も出かける日付を忘れたわけではないが、その日がどのくらい近づいているかの実感がまだつかめていなかった。
「どこ行くかも、まだ決めてないでしょ」
「叡山電車に行こうかなとは思ってる」
「何時ごろ?」
「昼過ぎから電車に乗る感じかなぁ」
「それで大丈夫?」
 みつこさんはやはり混雑に巻き込まれるのがイヤなようである。遅めに出かけて混むくらいなら、早めに行きたいらしい。
「じゃあ、朝六時の『のぞみ』とか、乗っちゃう?」
 つい、ノリで言ったのだが思いのほか「うん、いいよ」と返事がかえってきたので、それが現実になってしまった。指定席はすでに満席だったが、東京駅で並べば自由席なら座れるだろうと読んで、そのとおり早めに出かけて京都までの席を確保した。
「のぞみ1号」で京都に着くなら、奈良線、京阪電車を乗り継いで、出町柳を九時ちょうどに出る叡山電車に乗るのがよい。なぜかと言えば九時発の列車には天井の方まで窓が続いている「きらら」というパノラミック電車が使われているからで、大きな窓から「もみじのトンネル」など見てみればバカップル列車としても盛り上がるし、その後のスケジュールもスムーズになる。
 本当に理想的な乗り換えができるかは実際に現地に着いてみないとわからない。京都駅の奈良線への乗り換えはだいたいわかるが、東福寺での奈良線から京阪電車への乗り換えは初めてなのでわからないところが多い。
「のぞみ」が京都に着き、奈良線ホームまで来たところで私たちは立ち尽くしてしまった。奈良線が朝のラッシュ並の満員電車なのである。
「乗れるのかな?」みつこさんは呆然としてドアを見比べている。どのドアもすれすれまで乗客が立っていて、私たちが入る隙間はなさそうに見える。結局一番前のドアからどうにかこうにか乗り込んだ。その後からも発車ギリギリまで次々乗ってくる。この先の電車もこんな混雑なのかと思うと、なんだか気分が萎えてしまう。
*山崎友也さんの「崎」は正しくは異体字(右上が「大」でなく「立」)です。
 ちなみに読み方は「やまさき」です。これを間違えると大変なことになります。



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