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走れ!バカップル列車 第78号 一畑電車北松江線と境線鬼太郎列車 |
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二 松江しんじ湖温泉はもともと北松江といった。それが北松江線という路線名の由来となっている。 松江の町は宍道湖と中海とを結ぶ大橋川で南北に二分されている。中心街付近は四本の橋で結ばれ、北側を「橋北」、南側を「橋南」というらしい。 松江しんじ湖温泉駅は「橋北」にある。松江城も、島根県庁も、松江市役所もすべて北側にあるから、もともとの町の成り立ちは「橋北」だったのだろう。 最初の旅の計画では、出雲大社の後、一畑電車で松江に出て、松江城を見物することになっていたが、「サンライズ」が遅れたり、寄り道したりで思いのほか時間が過ぎてしまったので、今回は割愛せざるを得ない。このあと米子に行くのでJRに乗らないといけないのだが、JR松江駅は「橋南」にあって、一・五キロほど離れている。バスに乗ろうと時刻表を見たら一本前のバスが出たばかりで、バスのりばはひっそりしていた。 タクシーでJR駅に向かうことにした。途中、運転手さんが、 「宍道湖に沈む夕陽はいいですよ。今日なんか特にねぇ」 という。私なんかはただ宍道湖が見られればそれでいいとしか考えてなかったので、夕陽のことまで頭が回っていなかった。一瞬、見てみたいなとも思う。どこへ行けば見られるのか問うと、 「南側なら、どこでもいいですなぁ」 しかしこの季節、まだ日は長く、夕陽がきれいに見えるころまでにはまだ間がある。松江でゆっくりしてしまっては米子に着く時間が遅くなる。隣のみつこさんの様子をうかがうと、うつむいたまま目を閉じてまったく会話に入ろうとしていない。タクシーは酔いやすいので一分一秒でも早く降りたいのだろう。 「とりあえずJR駅まで行ってください」 そういうと、それきり車内の会話はなくなった。 JR松江駅に着いたのは十六時五十分ごろだった。揺れる一畑電車とタクシーの連続でみつこさんの顔はすっかり青ざめている。駅ビルに薬局があったので、いまさらではあるけれど酔い止め薬を買った。とりあえず、この後の旅程では酔わないことを願う。 次の米子方面の列車は17時18分の普通列車だが、そのことはみつこさんには伝えないで、少し休むことにした。「米子までは本数多いから大丈夫だよ」といえば、みつこさんも安心だ。 駅ビル内にドトールコーヒーがあった。店に入りピーチティーと抹茶アイスを注文。「コーヒーショップなのに、二人ともコーヒー頼んでないね」などと話しているうちに、みつこさんの顔色もだんだん良くなってきた。 小一時間ほどでドトールを出て、改札口を抜ける。次の列車は18時02分発の普通列車米子行きだ。ホームに上がり、部活帰りの高校生たちに混ざって列車を待つ。 まもなく列車が到着するというアナウンス。ほぼ同時に、 にゅわにゅわにゅわにゅわ にゅわにゅわにゅわにゅわん にゅわにゅわにゅわにゅわ にゅわにゅわにゅわにゅわん というメロディが駅構内に鳴り響く。列車接近警告音なのだろうが、なんだか独特の響きを持っている。みつこさんがにやにや笑いながら、 「これなあ……」 と私に訴えかける。「なんかおかしい」と言いたいのだろう。このメロディはJR米子支社管内で使われているものらしく、その後、米子駅や境港駅で何度か耳にした。 列車は国鉄一般色を継承したオレンジ色のディーゼルカー二両編成だ。 「かわいい色じゃん」とみつこさんがいう。この色のディーゼルカーは前にも乗ったことあるはずだがそれは言わないでおく。進行方向左側のボックス席に向かい合わせで座る。一分停車なので落ち着くまもなく列車は動き出した。 米子行き鈍行列車は高架線を降りて大橋川の畔を走る。 「あ、鳥がいたよ!」窓の外を眺めていたみつこさんが叫ぶ。 「え、どこどこ?」言われて探すが、見落としてしまった。「よく見つけるなぁ」半ば感心し、半ば呆れてつぶやくと、みつこさんはまるで教訓でも言うかのように、 「水面を見たら、鳥を探せ! だよ」 なるほど。私もこんどから、水面を見たら、鳥を探すことにしよう。 揖屋を出て二、三キロほど走ると中海が見えてきた。 松江でタクシーに乗ったときには高かった日もだいぶ傾いてきて、夕陽というほどではないけれど、だいぶ赤みがかった太陽が中海の上に浮かんでいる。 「中海に沈む夕陽だね。宍道湖じゃないけど」というと、みつこさんは太陽のほうをちらりとも見ずに「ああ、そうだねえ」と答えた。 中海とは別れて荒島に停車。駅のすぐ脇に生コンの工場があって、コンクリートの塔のような建物の上の方から地面まで水色のパイプが斜めに架かっている。 「なに、あの青いの?」みつこさんがパイプを指さす。 「すべり台だよ」と答えると、 「違うね」みつこさんは否定する。じゃあ、なに? 「流しそうめんだよ」 言いながら、みつこさんは右手の人差し指と中指で箸を動かすポーズをとる。 「ああ、流しそうめんかぁ。ずいぶん盛大な流しそうめんだね」 「そうだよ。ザックザックってすくって食べるんだ」 みつこさんと二人で列車の窓を眺めながら、こうしておバカな話をしているのが、私にとってはいちばん楽しい。 松江から米子へ行くなら、18時15分発の特急「スーパーまつかぜ12号」に乗った方が先に着く。先といっても七分程度のことだし、松江〜米子間は三十キロにも満たない距離でもあるし、急ぐわけでもないから鈍行でのんびり行こう。そう思ってこの列車を選んだが、やはり正解だった。特急に乗ったら途中の小駅など一瞬で通過してしまう。そこから流しそうめんの話は生まれなかっただろう。 安来に八分停車。大都市圏ではあり得ない停車時間だ。その間に件の特急「スーパーまつかぜ12号」に追い抜かれ、反対側には岡山からの特急「やくも19号」が出雲市へ向けて発車してゆく。 安来は18時34分の発車。この間も田んぼの真ん中に白鷺を見つけたり、「アパートが出てきた」などと賑やかに話しながら、18時44分、終点米子に着いた。 地方主要駅が次々高架化されていくなかで、米子駅はいまも地上のままであるし、改札口の正面に一番線があるという昔ながらの国鉄駅の構造を残している貴重な駅だ。最近「バカップル列車」で出かけた例では、徳島駅も似たような境遇だ。どちらも車庫が併設されているから、なかなか高架化がむつかしいのだろう。 改札口も自動化されていない。小舟のような枠の中に駅員がいて、乗る客には切符にスタンプを押し、降りる客からは切符を受け取ったりしている。個人的な郷愁だろうが、心に留めておきたい光景である。 |
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