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走れ!バカップル列車 第78号 一畑電車北松江線と境線鬼太郎列車 |
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一 一畑電車は山陰地方唯一の私鉄電車である。 一九一四(大正三)年、国有鉄道と接続する出雲今市(現・電鉄出雲市)から雲州平田まで軽便鉄道として開業した。一畑薬師への参詣客輸送を目的に創業したという。 当初は蒸気機関車による運転だったが、一九二八(昭和三)年から一九三○(昭和五)年にかけて電化された。出雲大社前駅に留置されていたデハニ50形が製造されたのもこのころだったのだろう。同じ時期、北松江(現・松江しんじ湖温泉)、大社神門(現・出雲大社前)方面への路線延長も実現している。 現在の路線は、北松江線(電鉄出雲市〜松江しんじ湖温泉間)三三・九キロと大社線(川跡〜出雲大社前)八・三キロの二路線である。普通列車は川跡で三方面の列車相互がすべて接続しているから、二路線とも一時間に一本くらいの同じ頻度で運転されている。特急列車や急行列車は普通列車の隙間に一日に数本走るといった格好だ。 出雲大社前を定刻15時49分に発車した急行「出雲大社号」は、出雲平野を快調に走る。ロングシートの座席は二両ともほどよく乗客で埋まっている。途中駅は通過して、次の停車駅は川跡である。電鉄出雲市からの線路が右に近づいて来て、川跡着。ここで大社線から北松江線に入る。普通列車とは異なり電鉄出雲市方面への接続列車はない。 線路の状態はやはりJR山陰線のように良くはない。東急の電車がこんなにも揺れるのが不思議なくらいだ。酔わないように念じているのか、みつこさんは固い意志で居眠りしている。揺れる電車に乗せてしまって悪いなと思う。 雲州平田に停車する。駅の脇に車庫がある。京王5000系が何編成か留置されていて、それぞれがいろんな色に塗られていて楽しい。車庫にはデハニ50形がもう一両保存されていて、体験運転などもできるらしい。雲州平田には一畑電車の本社がある。 斐伊川のつくる沖積平野を電車は進む。淡い緑色のじゅうたんのように田んぼが広がり、その中に数軒の民家の固まりがぽつんぽつんと点在している。出雲平野独特の散村だ。築地松と呼べるほど上辺がきれいに整っていないが、西側と北側が防風林に囲まれている。 布崎に停車してしばらく走ると右窓に宍道湖が見えてくる。右側の席の客たちは後ろを振り向き、左側の席の客たちは立ち上がったり、腰を浮かせたりして窓の外を見る。居眠りしていたみつこさんが顔を上げた。宍道湖を見るのかな、と思ったら、「暑い。ブラインド下げて」とひと言いって再び寝てしまった。左側の席は背中に西日が当たるので暑いらしい。 やがて線路は左に急カーブする。右からもう一本線路が近づいて来て一畑口の駅に着く。 いま右から近づいて来たのが松江方面につながる線路だ。一畑口の駅はスイッチバック構造になっているである。松江方面と出雲市・大社前方面を行き来するのにいちいちスイッチバックでは不便なことこのうえないが、一畑電車はその名のとおり、もともと一畑薬師をめざしていたから、こうしたルートになったのだろう。一畑薬師はここから四キロほど先の山の上にある。かつては三キロほど先の一畑駅まで線路が延びていたが戦時中に休止となり、その後廃止された。 運転士は電車を停めると運転台の周りを点検し、荷物をまとめてホームに出る。進行方向が変わるので、いままで後ろ側だった運転台に回り、ここからはこちらが先頭になって電車が走る。 大社前を満席に近い状態で出発した急行だが、駅に停まるたびに降りる乗客がいて、一畑口を発車するころには空席も目立ってきた。休日だけの観光列車の設定だが、しっかり地元の足にもなっている。 向かいの席に老夫婦と私たちと同世代くらいのお姉さんの三人組がいる。大社前を発車したときから一眼レフカメラを持って熱心に車窓の写真を撮っている。再び宍道湖が見えてくると、私たちの並びの空席に移ってきて、身体をねじって窓の外にカメラを向けている。青いTシャツを着たそのお姉さんの嬉々とした顔が印象的だ。みつこさんと私の窓にはブラインドが降りているので、外は見えない。私は立ち上がってドアの窓から湖を見る。 一畑電車は伊野灘付近から長江付近までおよそ六キロに渡り、国道431号線とともに宍道湖の湖畔を走る。青い空に白い雲が長く横たわっている。湖は空の色を映して青く明るい。湖の対岸は奥出雲につながる山並みだ。斜め前方に雲の上から三角形の山が顔を覗かせていた。大山だろうか。 みつこさんは居眠りを続けている。酔ってもいけないので、無理に起こしたりはしない。いちばんの絶景ポイントでみつこさんが居眠りしているのは、バカップル列車の真骨頂といえよう。「サンライズ出雲」で宍道湖を南から見たあと、一畑電車に乗れば同じ湖を北側から見られると思ってこのルートを選んだのだが、せっかくのこの景色は家に帰ったあとビデオで見てもらおうと思う。 急行は津ノ森、松江フォーゲルパーク、秋鹿町(あいかまち)と停車する。このあたりでは乗客の乗り降りはあまり見られない。 終点のひとつ手前の松江イングリッシュガーデン前で出雲大社前行きの普通電車と交換する。京王オリジナルカラーの5000系と再会だ。 二○○一(平成一三)年から二○○七(平成一九)年まで、この駅はルイス・C・ティファニー庭園美術館前という名前で、記号を含めると読み仮名が二十五文字にもなり、日本一長い駅名として有名だった。ところが肝心の庭園美術館が閉館となったため駅名も変更を余儀なくされ、日本一の座を譲ることになってしまった。 イングリッシュガーデンからは終点まであと一駅だが、駅間距離がもっとも長く四・三キロある。ターミナル駅に近づくに連れて駅間は縮まることが多いのだが、ここはその逆だ。名残を惜しむように、線路はもう一度宍道湖の畔に出る。そうして出雲大社前からおよそ四十五分、16時34分に松江しんじ湖温泉に到着した。 |
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