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走れ!バカップル列車
第77号 サンライズ出雲(伯備・山陰線)と一畑電車大社線



   四

 旧大社駅を出て、改めて出雲大社に参拝に向かうことにする。一の鳥居に礼をしてくぐり、一畑電車の出雲大社前駅に戻ってきたあたりで、もうひとつの問題が持ち上がる。「おなかすいたね」
 気がつけば十三時近く。旧大社駅に感動するあまり一時間も過ごしてしまったことになる。着いたときには参拝を済ませてからお昼だね、と話していたが、さらに予定を変更して、沿道の出雲そばのお店に立ち寄ることにした。
 メニューはシンプルだ。あついそばは「山かけ(とろろ)」か「月見(玉子)」、つめたいそばは「割子(ざる)」か「三種(山かけ・おろし・ざる)」、飲物は酒とビール。六種類しかない。つめたいそばの「三種」をふたつ注文した。
 独特の黒いそばはこしがあって食べ応えがある。小さい器が三段重ねになってそばがくるのだが、みつこさんは二皿でおなかがいっぱいになったという。しかたないので私が四皿食べた。
 店の裏側は中庭になっている。全面掃き出し窓になっているので、植木やら枯山水やらがよく見える。向こうの建物は居住空間らしく、おっちゃんがステテコ姿で爪を切っているのが店からも見えてしまう。建物はそこそこ古いようで、屋根にはオレンジ色に近い茶色の石州瓦がつやつやと輝いている。
 みつこさんはあの瓦はなぜあそこまで光っているのかが不思議らしい。帰り際、会計を済ませながら、店のおばちゃんに、
「どうしてあの瓦はあんなに光っているんですか?」
 と訊いた。そんなこと訊いても、おばちゃんだって答えようがないだろうと思っていたが、予想もしない答えが返ってきた。
「いまはそれほどでもないんですけど、むかしは冬になると雪がよく降ったからね、雪が滑って落ちやすいようにって、ああいうふうになっているんです。あの瓦、重いからたいへんなんですけどね。いまはもう作ってないそうです。瓦屋根の家も減ってきましたしね」
 おばちゃんは「あれは重い」となんども繰り返した。それだけの重みに耐えられる家を建てるのもたいへんなのだろう。思いがけず石州瓦の由来を知ることができ、たいへん満足して店を出た。

 さあ、出雲大社だと意気込んで神門通りを進むが、みつこさんがソフトクリーム食べたいと言ったり、土産物を物色したりするから、なかなか進まない。予定はさらにずれて行く。もう帰りの電車の時間は気にしないことにした。
 坂を登って「出雲大社」と大きな石柱のある二の鳥居をくぐり、出雲大社の大きな敷地に入る。また下り坂になって三の鳥居をくぐり、大きなしめ縄のある拝殿をお参りし、本殿の周りをぐるりと回ってきた。
 ソフトクリームで充分身体を冷やしておいたつもりだが、照りつける太陽には勝てなかった。十五時半ごろ、倒れそうになりながら一畑電車の出雲大社前駅に戻ってきた。
 駅の掲示を見ると、次の発車は松江しんじ湖温泉まで直通する15時49分発の急行「出雲大社号」だ。みつこさんにとって過酷な旅が続くが、これに乗って松江まで行こうと思う。
 発車時刻まで少しだけ時間がある。みつこさんを待合室に残し、ひとりで駅の周りをうろうろしていたら、オレンジ色の車体に白い帯が一本入った古い電車が停まっていた。この駅に到着したとき隣のホームにいるのを見かけていたが忘れていた。車内を見学するにはホームからではなく、駅の外から入るらしい。
 運転席の下の部分に「52」という文字盤が貼り付けてある。デハニ50形の52号車で、一畑電車の前身である一畑電気鉄道が一九二八(昭和三)年に製造した車両である。二○○九(平成二一)年まで現役で運転されていたという。晩年はお座敷列車に改装されていたそうだが、中井貴一主演の映画『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』に登場するためロングシートに戻された。
 全体としてとてもきれいに保存されている。車体のオレンジも鮮やかだし、車内もそのまま営業できるほどだ。映画のために改装されたシートの赤いモケットなどまだ真新しい。窓枠も床も木製ならではの美しさを放っている。網棚を支える金具のデザインも大正モダンを感じさせるなかなか凝ったつくりだ。
 運転台は至ってシンプル。マスコンハンドルとブレーキ、速度計と圧力計だけ。これだけで運転できるのかと心配になるくらいだ。前面窓の上には前照灯などのスイッチがある。お座敷列車時代に使ったのか、「カラオケ」と手書きされたスイッチもあった。
 駅に戻ると、まもなくして松江しんじ湖温泉行き急行列車の改札がはじまった。
 みつこさんと並んでホームに出る。右側の線路にオレンジにラッピングされた電車が停まっている。ワンマン運転なので、ドアを開けるには脇のボタンを押さないといけない。しかし押したが開かない。どうしたんだろうと思っていると、しばらくして左側の線路にピンク色の電車がやってきた。こっちが急行になるらしい。
 隣のオレンジの電車と、こちらの電車はどちらも東急電鉄を走っていた車両だ。ステンレス車体で真四角の飾り気のない電車だったが、カラフルなラッピングでいくらかましになっている。
 定刻15時49分になり、急行電車が出雲大社前駅を発車した。川を渡り、一の鳥居に別れを告げる。



第78号 一畑電車北松江線と境線鬼太郎列車 一
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