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走れ!バカップル列車 第77号 サンライズ出雲(伯備・山陰線)と一畑電車大社線 |
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二 米子は鳥取県西端に位置する人口十五万人ほどの都市である。江戸時代から商業都市として栄え、「山陰の大阪」とも呼ばれた。境港、そして県境を跨いでいるが松江、出雲を含めて中海・宍道湖周辺に一つの大きな経済圏を形成している。 米子周辺は山陰で最初に鉄道が走った土地でもある。一九○二(明治三五)年、現在境線となっている米子〜境(現・境港)間と現在山陰本線の御来屋(みくりや)〜米子間が開業した。米子、松江と大きな都市が続くこともあり、山陰本線はこの周辺が一番賑やかだ。「やくも」が電車化される際に、伯備線と接続する伯耆大山から出雲市の一つ先の知井宮(現・西出雲)まで電化されたし、伯耆大山〜安来間、東松江〜松江間、玉造温泉〜来待間は複線化もされている。そうした中にあって山陰本線、伯備線、境線の三つの路線が接続し、始発・終着列車も多い米子は駅の規模も山陰随一であり、一帯の中枢を担う。国鉄時代は米子鉄道管理局が置かれ、いまはJR西日本米子支社がその機能を継承している。 「サンライズ」は二分停車した後、9時25分に米子を発車した。 下段でごろごろしながら窓の外を見ているみつこさんが「青空!」と叫ぶ。岡山のホームに降り立ったときは、雨に濡れながら出雲大社を歩く自分たちの姿を想像したが、そんなことにはならずに済みそうだ。 県境がどこだったかはっきりわからなかったが、鳥取県から島根県に入った。安来節で有名な安来に着く。奥出雲は砂鉄の名産地でもあり、安来は古くからたたら製鉄が盛んだったという。鳥取行きの特急「スーパーまつかぜ6号」を待って八分停まる。9時41分発車。米子で二十分まで回復した遅れは再び二十七分に広がった。 荒島を過ぎると中海が見えてくる。中海と線路の間を国道9号線が併走する。やがて大橋川が見えてくる。対岸に石州瓦を戴いた茶色い屋根の家並みが続いている。中海と宍道湖はどちらも湖だが、中海は海とつながっており、宍道湖も大橋川で中海とつながっているから、どちらも塩分を含んだ汽水湖である。 東松江を過ぎ、松江が近づいてくると高架線になる。みつこさんが起き上がったようで、「あ、カヌー」という。 「カヌーしてるひといたの?」言われて窓の外をみたが見当たらない。通り過ぎてしまったようだ。 松江は島根県の県庁所在地である。人口は二十万人ほどで、米子と共に中海・宍道湖周辺地域の中核をなしている。中央駅である松江駅は、私が初めて訪れた一九八三(昭和五八)年にはすでに高架駅になっていた。 松江には一分停車し、10時01分発。次の乃木を過ぎると右窓いっぱいに宍道湖が広がる。「サンライズ出雲」車窓風景のハイライトといっていい。 雲は多いが空は明るい。空の光を受けて湖も青く輝いている。湖の向こう側には島根半島の山々が深い緑色をして横たわっている。窓の外を眺めながら、みつこさんは体調を確かめるようにして残ったおにぎり一つを食べた。 玉造温泉付近でいったん離れるが、温泉街を抜けると再び湖畔に出る。宍道までのおよそ八キロに渡って列車は宍道湖に沿って進む。 木次線と接続する宍道に停車。10時15分発。宍道湖と別れ、出雲平野を走る。斐伊(ひい)川を渡ると右から一畑電車の線路が近づいて来た。ぴたりと並んで共に高架線を昇り、10時28分、三十分遅れで終着出雲市に着いた。 出雲市駅のホームに降り立つとみつこさんが「具合が悪い」という。やはり乗り物酔いが抜けないようだ。 ホーム中程にちょうど待合室があった。予定では10時21分の一畑電車に乗るはずだったが、その電車にはすでに乗り遅れている。時間は気にせず、みつこさんにはここでしばらく休んでもらうことにする。乗り継ぎ列車を待つのか、二十代くらいの女の子三人組がすでにいて、のんびりベンチに座っていた。 手持ちぶさたにカメラをいじる私を見て、みつこさんが「電車、撮りたかったら行っていいよ」と言う。「サンライズ」が車庫へ回送されるくらいまでには、みつこさんの乗り物酔いも快復するだろうと思い、私は待合室を出た。 二十分ほど停車して、「サンライズ」は隣の西出雲にある車庫へ回送されていった。 待合室に戻る。みつこさんの顔はいくぶん元気になっていた。 「さっき、女の子たちがここにいたでしょ」 「いたいた。なにしてたの?」その後、接続する列車はなさそうだった。 「あのうちの一人がやっぱ酔ったらしくてさァ」 「それであそこで休んでいたのか」 「しょっちゅう酔う子らしくて……」みつこさんは仲間が見つけてちょっと安心したようだ。「点滴打ってほしい、一発で吐き気がなおるやつ! とか言ってんの」 「そんな点滴あるんだ」 「私も打ってもらいたかったよ」 話しながらJRの出雲市駅を出て、一畑電車ののりばに向かう。ホームはJRと隣り合わせだが、駅の入口が百メートルほど離れている。JR高架下の薄暗い通路を進むと左側の建物の中に一畑電車電鉄出雲市駅の小さな待合室があった。ベンチと券売機売り場があって、手前に戻るような位置に改札口がある。 次の列車は11時16分発の川跡(かわと)行きだ。十五分ほど待ち時間がある。しばらくして改札がはじまったので早速ホームに上がる。一番線と二番線があり、一番線にはピンク色の回送電車が停車している。二番線が川跡行きだが、これが名車と名高い京王帝都電鉄5000系であった。一畑電車では2100系と呼ばれているようで、外観は一畑電車オリジナルの黄色に青帯の塗装になっている。編成も京王時代とは大きく異なりワンマン対応の二両編成になっているが、昔懐かしい車両に出会えて興奮する。 そんな個人的な感傷とは関係なく、みつこさんはホームをさっさと歩いて、前方の車両に乗り込み座ってしまった。まだ体調が本調子ではないのだろう。 |
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