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走れ!バカップル列車
第77号 サンライズ出雲(伯備・山陰線)と一畑電車大社線



   一

 小雨降る中、寝台特急「サンライズ出雲」は伯備線をゆっくり北上する。
 おにぎりを食べ終えた私は再び上段に昇って窓の外を眺めていた。右窓から見える景色は崖ばかりだ。ふだんは水がちょろちょろ流れるだけの沢に滝のような水がじゃあじゃあと流れている。
 備中広瀬を通過すると次第に速度があがってきた。やがて山が開けてきて家並みが現れる。備中高梁の街に入ったようだ。団地がある。線路脇の道路を高校球児たちがランニングしている。
 定刻より二十四分遅れて備中高梁に到着した。7時37分着、38分発。
 備中高梁から線路は単線になる。「サンライズ出雲」は変わらず高梁川がつくり出す谷の底を走り抜ける。
 雨が止んだのか、備中川面ではおばさんが一人、屋根もないホームに佇んでいた。その先の沿道でもおじいさんとおばあさんが散歩のついでなのか、列車の通るのをぼんやり眺めていた。
 鉄橋を渡ると川面が見える。まだ茶色い水が波打っている。方谷(ほうこく)で上りの特急「やくも4号」と交換する。
 車窓は井倉峡という風光明媚なところへと移った。秋は紅葉で美しいらしいが、川は増水しているし、木々の葉は青々としているし、だいぶ趣が違う。それでも岩肌が露出した切り立った断崖が頭上高くそびえ立つ様はなかなか見ごたえがある。ところどころ白く見えるのは石灰岩だろうか。
「井倉洞」と書かれたゲートを横目にさらに進むと断崖がさらに近づいてV字谷はいよいよ深くなる。井倉駅前にはセメント工場が広い敷地を占めている。
 石蟹(いしが)まで来ると谷は開けてくる。やがて田んぼが現れ、街並みが広がって新見に着いた。
 新見は岡山県北西部の中心都市で、人口はおよそ三万人。農林業、鉱工業などで栄えてきた。
 一九七七(昭和五二)年に公開された映画『八つ墓村』は当時小学生だった私にとって話の内容はわからないながらもたいへんな衝撃だった。テレビ放映された翌朝はクラスのみんなが「祟りじゃあ」と物まねをしていたものである。社会人になってからビデオを借りてもう一度みた。
 この物語の舞台は中国山地山深い村という設定になっている。おそらく蒜山(ひるぜん)高原の八束(やつか)村(現・真庭市)一帯を想定しているのだろう。劇中に遺体の腐敗を防ぐために新見までドライアイスを買いに行ったというセリフが出てくる。このあたりで大きな街というと新見なのだということがそこからもわかる。
 映画の展開で重要な鍵となるのが鍾乳洞である。このあたりは実際に鍾乳洞が多い。石灰岩質という地質が織りなすカルスト地形の特徴である。二つ手前の井倉にあった井倉洞も鍾乳洞である。
 伯備線の新見駅は岡山と米子のほぼ中間に位置している。東からは姫新線(姫路〜新見間)、西からは芸備線(備中神代(こうじろ)〜広島間)の列車が発着していて、この地域をまとめるジャンクションの役割を果たしている。山越えの区間を控えていたから蒸気機関車時代は活況を呈した。一日の利用者数はいまは千人にも満たないが、寝台特急「サンライズ出雲」、特急「やくも」の全列車が停車する。

「サンライズ」は一分ほど停車した後、8時09分に新見を発車した。遅れは二十五分。伯備線はこれまで北に向かって走っていたが、備中神代までの六キロほどは西に向かって進む。
 苦ヶ坂トンネルで川面峠を越えると布原という谷あいの小駅を通過する。信号場から昇格した伯備線の駅だが、伯備線の普通列車は停車せず、新見を発着する芸備線の列車だけが停車する。昭和四十年代まで蒸気機関車の撮影地で有名なところだった。鉄道おたくの間で伯備線と言えば、D51形蒸気機関車が三重連で走る貨物列車が語り草だが、いまも残る写真の多くがこの布原付近の鉄橋で撮影されたものである。
 布原から伯備線は西川に沿って走る。次の備中神代も谷あいの無人駅だ。線路の戸籍上は芸備線の起点駅となっているが、すべての列車が新見まで乗り入れている。芸備線は広島方面へ引き続き西へ向かい、伯備線はここからカーブして再び北に向かう。
 細い谷の底を伯備線と西川と県道がくねくねと絡み合いながらゆるやかな勾配を登ってゆく。足立(あしだち)で上り「やくも6号」と交換。右眼下に川を臨む小さな駅だが、北側に足立石灰工業の工場があって、かつては工場まで専用線が伸びていた。D51の三重連はここから石灰石を運び出す専用列車だった。
 山はますます深くなり、谷は狭くなり、切り立った崖が頭上にそびえる。新郷(にいざと)は岡山県最後の駅。駅付近はにわかに山里の様相となり、このあたりから茶色い石州瓦を屋根に掲げた民家が増えてくる。時折、窓の外で「パラッ」とか「ガサガサッ」といった音がして驚く。木々の枝葉が線路に迫り、車体をかすめていくようだ。
 谷田峠(たんだだわ)トンネルが県境でここから鳥取県に入る。トンネルの途中から下り坂になっていくのが乗っていてもよくわかる。
 トンネルを抜けると上石見を通過。狭い谷あいに家々が階段状に並んでいる。雲の切れ端が山裾に漂う。線路左側に流れるのは石見川で、この先、石霞渓(せっかけい)という渓谷が見えるらしいのでデッキに出たが、どこがどこだかわからないままあっという間に過ぎてしまった。生山(しょうやま)で石見川は日野川と合流、米子付近までほぼ日野川に沿って下ってゆく。
 生山の次の上菅で上り普通列車とすれ違い、根雨(ねう)で運転停車し上り「やくも8号」と交換する。8時56分発。根雨は津山、岡山それぞれから米子へ向かう街道が合流するところで出雲街道の宿場として栄えたらしい。このあたり中学生のころ一度来たきりだが、そのときも雨が降っていたように思う。根雨という地名がその記憶だけ切り取っているのかもしれない。
 伯耆溝口まで来ると谷は開け、平野が広がってくる。右窓いっぱいに大山(だいせん)の山裾が見えるが山頂は雲に隠れて見ることができない。やがて田んぼが現れ、石州瓦の家並みが続く。
 左にくるりとカーブし、右から山陰本線が近づいて来て伯耆大山で合流。ここから終着出雲市までは山陰本線を西へ向かう。雲が切れ、青空が見えはじめた。日野川の鉄橋を渡り、米子の市街地に入る。9時23分、上り「やくも10号」とすれ違いながら米子に到着した。定刻では9時03分着だから二十分の遅れである。
 車内アナウンスで目が覚めたのか、みつこさんが起きてきて、「あ、鬼太郎!」と叫ぶ。向かいに停車している境線の車両には『ゲゲゲの鬼太郎』のキャラクターがラッピングされている。
「明日、乗るよ」下段に向かっていう。



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