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走れ!バカップル列車
第76号 サンライズ出雲(東海道・山陽線)



   四

 ドアが開き、ホームに出ると作業員たちが早くも切り離し作業をはじめている。七号車と八号車の間の通路の幌をたたむのが一苦労のようだ。
「サンライズ」の車体に雨が激しく打ちつけている。うしろに立って作業を眺めていたおばさんが「きょうは一日降るのかな」とつぶやく。
 幌さえ片づけてしまえば両開きに開いていた貫通扉は自動的に閉じて行く。七号車側の貫通扉が先に閉じ、続いて八号車側の扉が閉まる。七号車に赤いテールライトが灯る。八号車にヘッドライトが点く。
 6時31分、きょうは琴平まで行く「サンライズ瀬戸」が一足先に発車した。残った八号車の連結器に作業員がカバーを被せた。見物していた「出雲」の乗客たちがそれぞれの席に戻ってゆく。
 十三号車の自室に戻ると、みつこさんは再びごろんと横になった。
 6時34分よりやや遅れて、出雲市行きの「サンライズ出雲」が発車した。岡山駅の広い構内を抜け、山陽線を走る。
 窓の外の風景が「山陽だな」と思う。山並み、家々の佇まい……どこがどうだからとうまく言えないのだが、関東とも東海道線沿線各地とも雰囲気が明らかに違う。やはり山陽地方ならではの景色なのだ。
 倉敷に着いた。一分停車のはずだが長いこと停車している。ホームには部活に行くのか、女子高校生たちがノートを見たり、髪をいじったりしながら、自分たちとは関係のない寝台特急がどいてくれるのを待っている。
 前夜は家路を急ぐサラリーマンたちを横目に眺め、今朝は部活に行く高校生たちに出会う。さまざまな地域の暮らしの場面に遭遇するのも、長距離列車、夜行列車の味わいである。
 結局、倉敷は6時53分に発車した。六分の遅れである。
 寝台特急はここまでひたすら西に向かって東海道線・山陽線を走覇してきたが、倉敷から伯備(はくび)線に入り、北に向かう。
 伯備線は倉敷〜伯耆大山(米子の二つ手前の駅)間を結ぶ路線で、いまや山陽地方と山陰地方を結ぶ重要な路線である。日中は岡山〜出雲市間を結ぶ特急「やくも」が十五往復運行されている。
 東京、名古屋あるいは京阪神地方と山陰地方との連絡は、京都から山陰本線、大阪から福知山線と山陰本線を使うのが主なルートだった。実際、「サンライズ」が登場するまでの寝台特急「出雲」号は二往復とも京都から山陰本線経由で、鳥取、米子、松江方面に向かっていた。
 そのルートに変化が起きたのは一九七二(昭和四七)年、山陽新幹線新大阪〜岡山間の開業だった。山陰でもっとも人口が集中する米子、松江、出雲市周辺へは山陰本線、福知山線経由より、新幹線を岡山で乗り継いで伯備線を利用するのが最短時間ということになった。山陰本線をまっすぐ行くのと、新幹線+伯備線では三角形の二辺を行くことになるが、それだけ新幹線が速いということである。同時にディーゼル特急「やくも」が四往復で運転を開始した。
 にわかに脚光を浴びることになった伯備線だが、中国山地の山深い地域を通るうえ、もともとローカル線の規格で建設されていたから勾配やカーブ、単線区間も多くスピードは出せない。一九八二(昭和五七)年にようやく全線が電化され、「やくも」は電車化された。従来車両よりカーブ区間を速く通過できる「振り子式電車」の導入で、岡山〜米子間一五九・一キロの所要時間はそれまでの二時間五十分程度から二時間二十分程度と、三十分もの劇的なスピードアップを実現した。
「サンライズ」は二階建て寝台車両という特徴から振り子機能は持っていない。岡山〜米子間は東海道線なら一時間五十分ほどで走り抜ける距離だが、伯備線では二時間半かかってしまう。

 それにしてもずいぶんとゆっくり走っている。どうも伯備線だからという理由だけではなさそうだ。日羽(ひわ)という小駅を通過するころ車内放送があり、雨の影響で速度を落として運転するという。
 いまも十分速度を落としているだろうと思ったのだが、その放送後は自転車にも追い抜かれそうなノロノロ運転になった。別段急ぐ旅でもないから、それはまあいい。その分、車窓をゆっくり眺められる。
 しかもこのあたりの風景がまた良い。雨が上がりかけたところへ雲の切れ端が山襞深くに降りてきている。まるで水墨画のような風景が現実に目の前に繰り広げられているのだ。雲ひとつない晴天も良いが、湿潤気候が繰り出すこうした光景も日本の旅ならではである。
 雪舟は先ほど通過した総社の赤浜というところで生まれたという。少年時代、涙でネズミを書いたと伝わる宝福寺は伯備線の線路脇にあったらしい。このあたりの風景が水墨画のヒントになったかどうかはわからないが、これもまた不思議な偶然だ。
 日羽の次の美袋(みなぎ)を7時17分に通過した。定時ならその先の備中高梁(たかはし)を過ぎている時刻である。
 伯備線は新見まで高梁川を遡るように走るのだが、このあたりは左岸ばかりを走る。進行方向右側にある私たちの個室からは川が見えないので、部屋を出てデッキから左窓の様子を眺める。すると河原もなにもみな隠れて、道路のすぐ下あたりまで茶色く濁った水があふれんばかりに流れている。これでは鉄橋だってうかつに渡れないだろう。ノロノロ運転の原因を目の当たりにしてみつこさんの待つ部屋に戻る。
 みつこさんはまだ下段の寝台でごろごろしている。朝ごはんは食べないのか、と訊いたら、「酔った」という。
 乗り物酔いしやすいのもみつこさんが旅を嫌う理由かもしれない。
「だってタクシーみたいな匂いがするって言ったじゃん」という。タクシーの匂いがなぜ酔う原因になるのか私にはなかなかわからないのだが、「タクシーに乗ると酔いやすい」→「そのタクシーと同じ匂いがする」→「だからここでも酔うかもしれない」→「実際に酔う」というメカニズムらしい。ある種自己暗示みたいなものだから、やめておけばいいのにと思うのだが、それでも酔ってしまうのが酔いやすい体質というものなのだろう。昨夜、寝る前に一緒にビールでも飲んでおけばよかった。
 とにかく酔ったのはしかたない。みつこさんはこのまま横になっているという。私は七時半も過ぎておなかが空いたので、昨夜東京駅で買っておいたおにぎりを食べる。一人二個ずつ買ったのだが、みつこさんはひとつでいいというので三個食べたら満腹になってしまった。



第77号 サンライズ出雲(伯備・山陰線)と一畑電車大社線 一
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