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走れ!バカップル列車
第76号 サンライズ出雲(東海道・山陽線)



   一

 なんども言うが寝台特急「カシオペア」が廃止されたのは大きな衝撃であった。
 二○○○年代中ごろから相次いで廃止されてきた寝台特急は、乗客の減少と車両の老朽化が主な理由と言われてきた。だから乗車率も良く、車齢が二十年にも満たない「カシオペア」が廃止されるとは当初は予想だにしなかったのである。
 しかし「カシオペア」は廃止された。二○一六年三月、北海道新幹線の開通と同時にあっさりと廃止された。乗客の減少、車両の老朽化……そんな表向きの理由はもはやまったく意味をなさなくなった。要するに夜行列車、寝台列車の運転は儲からないし、めんどくさいのである。JRの立場としては「めんどくさい」などとは口が裂けても言えないだろうが、車両もまだ十分使えて、つねに満席の列車を廃止するとなれば、もはやそれが本音としか考えようがないだろう。
 そうすると心配になるのは寝台特急として唯一時刻表に掲載されている「サンライズ出雲・サンライズ瀬戸」である。
「サンライズ出雲・サンライズ瀬戸」は一九九八(平成一○)年七月一○日、それまで客車のブルートレインで運行されていた東京〜出雲市間の「出雲3号・2号」、東京〜高松間の「瀬戸」を置き換えるかたちでデビューした。車両はこの列車のため新たに開発された「サンライズ・エクスプレス」(285系寝台電車)である。列車名にはほかのブルートレインと区別するために「出雲」「瀬戸」の頭にそれぞれ「サンライズ」の文字が冠された。
「サンライズ出雲・サンライズ瀬戸」の二列車は東京〜岡山間では併結運転されている。下り列車でいうと、岡山で七号車と八号車の間で連結器が切り離され、前七両の「サンライズ瀬戸」は瀬戸大橋線経由で高松へ。後七両の「サンライズ出雲」は伯備線経由で出雲市へ向かう。
 車両は新製時から十八年しか経っていないし、乗車率も悪くないと聞いているが、「カシオペア」の例もある。いちおう何が起こるかわからないと考えておいた方がいいだろう。次のバカップル列車は「サンライズ」がいい。
「サンライズ出雲」と「サンライズ瀬戸」のどちらに乗るかだが、「サンライズ瀬戸」にはバカップル列車の運転がはじまる前の二○○二年十一月に二人で乗車している。こんどは「サンライズ出雲」に乗ろうと思う。
 四月半ばのことである。
「みちゃん」みつこさんに尋ねてみた。
「なに」
「こんどのバカップル列車は『サンライズ出雲』に乗ろうと思うんだけど」
「どこまで行くの?」
「出雲市」
「うん、いいよ」
「それで、出雲に着いたあとなんだけどサ、出雲大社行ってみる?」
「出雲まで行って、素通りするわけにもいかんよな」
 みつこさんがそういうので、出雲大社にも行くことになった。
 例年この時期のバカップル列車は六月に運転されることが多い。日程が取りやすい、暑すぎず寒くもなく気候も良い、日が長いので行動範囲が広がるといったことが理由だが、今回は七月上旬に出かけることになった。

 みつこさんのいまの生活の中心は今年で満八十八歳になる義母(みつこさんの実母)の介護だ。昨年四月に体調を崩し入退院を繰り返すなかで、義母はいままでふつうに出来ていた家事や身の回りのことがほとんどできなくなってしまった。義母と同居している義姉と交替で、ごはんを出したり、体操をさせたり、医師の訪問診療やケアマネージャーさんの対応をしたりしている。今回のバカップル列車が六月でなく七月になったのも義母の介護が関係しているのである。
 みつこさんが介護にかかりきりになることで私自身が不愉快な思いをすることはないし、やめてほしいとも思わない。この先義母と向き合える時間は限られているのだから、介護はしたいだけすればいいし、後悔することのないようにしてもらいたいと思っている。
 それでもやはり介護の仕事は消耗が激しいようだ。日に日にみつこさんの元気が失われていくのを見るのはちょっと寂しい。
「痩せた?」とひさびさに会う友達に言われるのを、みつこさんはひどく気にしている。一見、褒め言葉にも見えるが、その友達が心の中で発した言葉は「やつれた?」なのだ。
 加えて春先から右肩が痛むと訴えだした。肩を覆う筋肉が鈍く、時折刺すように、痛むのである。みつこさんの筋肉の痛みは初めてではない。二○一二年春ごろ、二○一三年春ごろにも右腕が痛くなった。考えられる治療は尽くしたがすぐには治らず、それでも寒くなるころには自然に治っていった。そうした痛みが場所を変えて再発した。近頃は右肩をかばうかたちで左肩まで痛むという。掃除も洗濯も私がやるから、と言っても、
「いいのいいの。これぐらい全然平気」
 服を着替えるのさえ難儀するほど肩が痛いのである。どうみたって平気じゃないから声をかけているのに、なかなか通じない。
 もうひとつ、いまになって気づいたことは、みつこさんは旅が好きではないということだ。結婚して十五年も経ってようやく気づく私もどうかしているのだが、考えてみればみつこさんの口から「温泉にいきたい」とは一度も聞いたことがない。
 代わりにみつこさんは「デパートにいきたい」という。みつこさんは温泉に行かずとも、池袋か新宿のデパートにさえ行っていれば満足なのだ。
 私は自ら好んでデパートに行くことはないが、みつこさんに行きたいと言われればつき合いはする。行けば行ったで楽しいこともある。みつこさんもその程度の気分で旅行につき合ってくれると思えば少しは気が楽にもなるが、それでもみつこさんを十年以上、嫌々旅に引きずり回した私はずいぶん罪深い。
 バカップル列車は、二○○四年八月からおよそ十二年間続いている。第一号の久留里線からはじまり、このサンライズ出雲で第七十六号を数えるまでになった。一時は第一○○号までがんばろうと思っていたが、みつこさんのこうした状況を考えるとむつかしいかもしれない。
 それでも、みつこさんがまだ「行ける」といってくれるうちは、もう少しだけ罪を重ねようと思う。



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