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走れ!バカップル列車
第75号 カシオペア狂想曲



   三

 二○一五年十一月六日、私は青森駅から再び急行「はまなす」に乗車した。
 十月にみつこさんと乗車したときにも「はまなす」の勇姿をEOSで撮影したが、操作法を誤ってピンぼけ写真を撮ってしまったので、青森駅でもう一度撮っておきたいと考えたからであり、また今回「カシオペア」の撮影を東室蘭付近で行うので、早朝に東室蘭に着くのに好都合だからでもあった。
 青森駅での撮影はうまく行き、発車直前になって列車に乗車した。「ドリームカー」と呼ばれる指定席の切符を入手していたが、隣のおじさんの体格が良く、あまりに窮屈だったので自由席に移動した。廃止の日が迫って注目されている列車であるが、寝台、座席指定席は満席でも自由席はたいてい空いていた。二人がけシートに一人でゆったり座って、おそらく最後の乗車になるであろう「はまなす」の旅を満喫した。
 青森発は22時18分、東室蘭着は4時15分。乗車区間は真っ暗闇の時間帯だったが、このとき見た夜景は忘れられないほどの美しさだった。
 青函トンネルを抜け、木古内、泉沢と続けて運転停車したあとのことだ。日付は変わって十一月七日午前○時ごろ、釜谷を過ぎたあたりから海峡線は津軽海峡沿いに出る。昼間なら風光明媚な区間だが、夜だから外は見えないだろうと残念に思いながら窓の外を見てみると、明かりがキラキラと横一列に光っているのが見えた。漁り火だ。けっこう見えるものなんだとさらに目を凝らしていると、空には蝶を縦にしたような形のオリオン座がはっきりと見える。オリオン座のベテルギウス、おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオンからなる冬の大三角も輝いている。息をのむ光景とはまさにこのことだ。
 渡島当別を過ぎて茂辺地に近づくと函館山が黒々と横たわっているのが見えてきた。麓左側に連なる函館市街の灯りも白く明るく輝いている。漁り火、星空、函館山。思いがけぬ絶景に出くわして、寝静まった車内で私はひとり興奮していた。この美しい光景を残しておきたかったが、さすがのEOSでもこの感動を伝えるほどの写真を撮ることはできない。
 函館を過ぎ、一眠りしたあとには月が昇ってきた。未明三時前、八雲を通過したころだ。新月に近い月は三日月とは反対を向いて東の空に浮かんでいる。すぐ左には木星が、その下水平線ギリギリのところには火星が顔を出したばかりである。海は月の明かりを反射させてぼんやりと光っている。星と見間違えそうな漁り火が噴火湾にぽつぽつと浮かんでいた。
 東室蘭で「はまなす」を下車した後、私は早朝の上り普通列車に乗って室蘭線を戻り、豊浦駅から三十分ほど歩いた高台に登って三時間ほど撮影をした。
 いちばんの目的である下り「カシオペア」を撮り終えしばらくしたころに、その高台に「おはようございます」と三十前後の青年がやってきた。私と同業の「撮り鉄」だ。とても礼儀正しく「横で撮影していいですか?」とひと言ことわってから三脚を出す。
 何本か撮影する間、青年といろいろ話をした。きょうの「カシオペア」はどこで撮影したか、道内の移動はどうしているのか。室蘭線のおすすめの撮影地もいくつか教えてもらった。撤収のタイミングが同じだったので、途中まで一緒に丘を下った。国道近くまで来たところで青年はレンタカーに乗って颯爽と去って行った。午後は青年に教えてもらった黄金駅付近で二時間ほど撮影して東室蘭に戻った。
 夕方は東室蘭駅で上り「カシオペア」の撮影である。その出発する光景を見ながら面白い撮影アングルを思いついた。あまりに突然のことだったから、その光景を撮れなかったのが悔しかった。どうにかしてその面白いアングルで写真を撮りたいと思った。近いうちにもう一度東室蘭に来よう。いま思い立った面白い写真の撮影を次回はぜひ成功させたい。
 EOSで撮影していると、決定的瞬間を撮り逃したり、ピントや露出などで失敗をやらかしたりして、後悔したり反省することがとても増えてしまった。どうしてこんなにもおっちょこちょいなのかと思うと自分が不甲斐ない。いや、いままでは最初から撮影していなかったから失敗もしなかっただけなのだ、新しいことを始めようとしているからこその失敗なのだ、と私にしては珍しく前向きに考えることにした。失敗を成功に変えたいというこの意欲も、私が「カシオペア」の撮影に熱狂する一因となっている。

 十一月八日は肝心の「カシオペア」が上野まで行ってしまっているから、室蘭線での撮影はできない。撮影場所の下見や、未乗だった室蘭線の東室蘭〜室蘭間に乗車したりして過ごした。
 九日は午前中、東室蘭から五駅ほど長万部方面に戻った北舟岡という駅付近で撮影した。北舟岡は線路のすぐ脇が太平洋という立地の駅である。近くの高台に登り、太平洋を背にして走る下り「カシオペア」を撮影した。その後、特急列車で札幌に向かい、札幌発上野行きの上り「カシオペア」に乗車する。
 札幌駅ではまず隣のホームから「カシオペア」が回送されてくるところを撮影した。入線が発車のわずか九分前なので慌ただしい。急いで階段を上り下りして四番線から乗り込んだのは発車時刻ギリギリだった。
 上野行き寝台特急は16時12分に発車した。私が「カシオペア」に乗るのはこれが最後になる。
 個室は六号車二十三番「カシオペアツイン」。二階建て構造の二階にある。本来ならこの寝台券一枚でもう一人乗車できるが今回は一人だ。いまどきには珍しい喫煙車両である。みどりの窓口で寝台券を買うとき、どちらにするか尋ねられ、もしかしたら喫煙可の方が取りやすいのではないかと考えての選択だった。
 部屋のカギを開けようとするとき、隣の二十四番のおじさんとあいさつした。白髪をバッサバサに伸ばし放題にしていて、いつもニコニコと笑っている。私より年上と思われるが子供がそのまま大人になったような無邪気な人だ。私がカギを開けるのに手こずっていると、操作方法を教えてくれた。乗車中、二人とも個室のドアを開けっ放しにしていたので、いろいろとよもやま話をする。
 おじさんはフランス料理のディナーを食べるそうだ。予約が一番遅い時間帯らしく、函館駅で機関車の交換シーンが撮れるかどうか心配している。私はカギの操作法を教えてもらったお礼のつもりで、三回目のディナーはちょうど函館の停車時間にかぶるから途中で抜け出す必要があること、停車時間は六分間と短いから編成の両端に離れた青い機関車と赤い機関車の両方を撮影するのは難しいだろうとアドバイスした。



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