リストに戻る
走れ!バカップル列車
第75号 カシオペア狂想曲



   二

 一九九九(平成十一)年七月十六日に寝台特急「カシオペア」が上野〜札幌間で運転開始したときのことを私はよく覚えていない。客車の夜行列車というものは青い鋼鉄製の車体で走るものと思い込んでいたから、銀色ステンレス製の新型車両が出てきてもとくに注目はしなかったのである。
 平成の世に、JRが寝台特急用の新型車両を開発したことは喜ばしいことだった。その前年には新型電車を使用した寝台特急「サンライズ出雲・瀬戸」も登場している。これで寝台特急もしばらくは安泰だという勘違いもしてしまった。新しい車両にすぐ飛びつくことはしないけれど、いつか乗るつもりではいた。
 北海道新幹線開業の日が迫ってきて、さすがの私も「北斗星」「トワイライトエクスプレス」と同様、ひょっとしたら「カシオペア」も廃止されるのではないかという危機を感じるようになった。「北斗星」のA個室「ロイヤル」には乗ることができた。「トワイライト」も二号車のスイートには乗ることができた。次はいよいよ「カシオペア」だ。みどりの窓口に並んで展望スイートの寝台券を入手することができた。その道中の様子は「走れ! バカップル列車66号・67号」に書いたとおりである。
 それでひととおり気が済んだはずだった。北海道新幹線が開業するまで「カシオペア」と「はまなす」の最後の活躍を静かに見守るつもりでいた。

「乗り鉄」と「撮り鉄」どちらかと問われれば、私は「乗り鉄」と答える。他人様が乗っているのを指をくわえて見るくらいなら、自分が乗りたいと思う口である。
 そんな私がカメラ片手に連日「カシオペア」を追いかけることになったのだから、人間わからないものである。昨年秋からこの春にかけて、上野駅とその周辺の尾久、鶯谷付近の撮影に通い続けた。その数十五回。廃止直前の三月など運転日は毎度といった具合であった。ファンの間で「ヒガハス」と呼ばれている東北線東大宮〜蓮田間の撮影地には七回、北海道(道南)には四回通い詰めた。
 どうしてこんなことになったのか。自分でもうまく説明できないが、ひとつは海峡線や上野発の夜行列車が消滅してしまう喪失感をなんとかして埋め合わせたかったのだと思う。
「北斗星」の最後を充分に見送れなかったことも関係しているだろう。
 昨年三月に寝台特急「北斗星」の定期運転が廃止されるときも、その後臨時列車として運転が再開されたときも、私はとくに上野駅に見送りに出かけたりはしなかった。さすがにそのまま終わるのは寂しいので、臨時「北斗星」に乗ってみようと五月の連休明けに三回ほどみどりの窓口に出かけた。一か月前の朝十時に押してもらったにもかかわらず、寝台券は取れなかった。多くのファンが詰めかけて到底取れないに違いない。みどりの窓口へ通うのはその三回で諦めてしまった。
 あまりにも注目されて誰もが殺到するようになると、かえって私は白けてしまうのである。その悪い癖が「北斗星」のときにも出てしまった。慌てて出かけたのは臨時運転が終了する八月二十一日(下り出発)と二十三日(上り到着)だった。消化不良に終わった感が拭えなかった。
 デジタル一眼レフカメラを買ったことも大きく関係している。昨年秋、ビデオカメラとコンパクトデジタルカメラの機能を一台でカバーできるカメラとして、キヤノンEOS 6Dを買った。プロも使うほどの上位機種だから写真が予想以上にきれいに撮れ、写真やビデオを撮るのがますます楽しくなってしまった。
 それならば最後に残った「カシオペア」と、「はまなす」をはじめとする海峡線の列車をたくさん撮ろう。廃止まで一年を切っている。秋から早春までの期間しかカバーできない。遅きに失した感はあるけれど、いまからできることをやってみようと考えた。
 東京に住む者にとって、海峡線を走る列車を日常的に撮るわけにはいかない。上野駅を発着する「カシオペア」が主な被写体になるのは自然のなりゆきだった。

 EOS 6Dをいちばん最初に使ったのはバカップル列車で出かけた留萌線と札沼線の旅だったが、撮影だけのために一人で出かけたのは昨年二○一五(平成二七)年十一月三日が最初である。上野駅で上り「カシオペア」が到着する様子をカメラに収めた。翌々日の五日には「ヒガハス」へ赴き、初めて走行中の「カシオペア」を撮影した。
 この撮影は、六日から出かける北海道撮影旅行の予行練習を兼ねてのことだった。
 北海道は十一月六日から十日まで四泊五日、うち車中二泊の行程だった。帰りの一泊は札幌から上野までの上り「カシオペア」である。
 最初、上り「カシオペア」はみつこさんと一緒に留萌線と札沼線の旅の帰りに乗るつもりだった。ところが寝台券を日程に合わせて取ることができなかった。残念がっていると、みつこさんが「もう一回、一人で行ってきなよ」と言ってくれたので、しばらくみどりの窓口に通っていたら運良く十一月九日分の「カシオペアツイン」が取れた。
 だから一回目は撮影旅行といいながらも、この「カシオペア」の乗車に付け足して出かけたようなものである。



next page 三
リストに戻る