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走れ!バカップル列車 第72号 急行はまなすB寝台 |
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三 ポイントをガタゴトと渡る音で目が覚める。時計を見ると○時四十四分。函館だ。 「はまなす」は機関車の付け替えと時間調整のため函館駅に三十九分間停車する。時刻表では0時44分着、1時23分発。 すっかり眠っていたのでちょっと億劫だったが、上着を羽織り機関車連結の光景を撮りにいくことにした。みつこさんはすやすや眠っているようで、上段からは物音一つしない。余計な心配をさせてもいけないので、なにも言わずにホームに出る。 隣の一号車の先に連結されている赤い機関車の前にやってきた。青森から函館まで列車を牽引してきた電気機関車だ。連結器はすでに解結されていて、機関車は客車から数メートルほど離れたところで停止している。 青森駅で機関車の顔を撮れなかったからか、カメラの列の勢いがすごい。その中でなんとか赤い機関車の写真を撮る。こんどは札幌側の先頭十号車の方に向かってゆるやかにカーブするホームを歩く。車内の様子をうかがうと、寝台車だけでなく座席車もだいたい寝静まっているようだ。外のホームは一転、鉄道おたくたちが忙しそうに走り回ったり、写真を撮ったりしていて、世界がまるで違う。 札幌側の先頭に来てみるとこの真夜中に黒山の人だかりである。前でカメラを構える人たちがどうしても入ってしまうがしかたがない。 青い客車の先には同じく青い塗色のディーゼル機関車が待機していて、ヘッドライトを煌々と照らしながらゆっくりと近づいてくる。客車の十メートルほど手前で一時停止し、機関車の先頭に立っていた作業員が線路に降りた。 ピョッ、ピョウと汽笛を二回続けて鳴らすと、機関車は再び動き出す。ホーム上には駅助役が自らカンテラを手にして機関車を誘導している。そろりそろりと近づいて来てガチャンと連結。線路に降りた作業員が連結器の状態を確認し、ジャンパ栓と呼ばれるケーブルをつなげる。もう一度、ピョウッと汽笛が鳴ると運転席の窓が閉まって連結作業は完了である。 たいした写真は撮れなかったが、連結シーンがじっくり見られたので私は満足した。 ホームをぷらぷら歩いて増二一号車に戻った。薄暗い車内は寝静まっている。みつこさんが私のいないのに気づいた様子もない。1時23分、定刻に「はまなす」は函館を発車した。私も寝台におさまって眠ることにした。 目が覚める。やはりなかなか眠れなかった。鉄道おたくの性なのか、夢の中を彷徨っていてもいま停まったのは何駅だろう、長万部か、東室蘭か、などとつい考えてしまうのだ。 カーテンを開け、進行方向右側にある寝台の脇の窓を見る。外はまだ暗い。時計は五時を回ったところだ。さきほど停まった駅は5時01分発の苫小牧だったようだ。列車は函館本線、室蘭本線を経て、千歳線に入った。 目は覚めてしまったが、まだ寝台でごろごろと過ごす。札幌まであと一時間となって「次は、南千歳」と、車内放送がはじまる。 南千歳、千歳と続けて停車。どちらもきょうの長い編成がホームに収まりきらないようで、「一番後ろの十号車はドアが開きません」といったアナウンスが付け加えられる。ようやく空が白んできた。 千歳を発車したので朝のしたくをはじめる。髭を剃り、着替える。きょうはセーターを一枚重ねることにした。 札幌到着まであと三十分になり、みつこさんも着替えを済ませて降りてきた。 昨夜のように下段の寝台に並んで座る。十三番のご夫婦もしたくを整えて、向かいの寝台に静かに座った。小さな声で「楽しかったよ」などと話している。青森を出たときは十四番の私たちは進行方向に背を向けて座っていたが、函館でスイッチバックしたのでいまは進行方向を向いて座っている。ほかの乗客たちも次々起きてきて車内は朝の活気を見せはじめる。鉄道おたくのお兄さんがカメラ片手に同じところを行ったり来たりしている。 窓の外の木々がちらほら紅葉している。千歳線は札幌近郊の通勤路線だが、駅と駅の間には手つかずの原野のようなところも多い。新札幌はそうした原野の中に忽然と現れる巨大ビル郡の中にある。地下鉄東西線の乗換駅でもある。ホームが短いので一号車、増二一号車、二号車の寝台車のドアが開かない。 平和の手前で函館本線と合流し複々線になる。方向別の複々線で、内側が千歳線、外側が旭川へつながる函館本線だ。平和駅は内側を走る千歳線の線路に面した島式ホームが一本しかなく、函館線の列車は停まれない。 白石を通過し、豊平川を渡る。いよいよ札幌の中心街に近づく。左前方には平地に広がる街並みの向こうに青い山が連なっている。藻岩山、円山などだろうか、けっこうはっきり見えている。くもり空だが、空気は澄んでいるのか。テレビ塔が見えてきた。 急行「はまなす」は名残を惜しむようにゆっくりと札幌駅に近づいてゆく。ポイントをガタンゴトンといくつも渡り、6時07分、札幌駅三番線に停車した。 ホームに降り立ったものの、車庫に回送されるまではまだ列車を見ていたい。一両先の一号車最後部を見たあと、ホームを歩いて先頭の機関車のある方へと向かった。 函館で連結した青いディーゼル機関車まで来てたじろいだ。おびただしい数のカメラの放列。ここで写真を撮るのは無理だと思った。 「あそこにしゃがんで行けば入れるんじゃない?」みつこさんが列の手前を指さす。 いきなり一番前に入れというのか。でもあの中で撮るならそこが盲点であり、しかも特等席だ。 「わかた」 思い切って行ってみる。しゃがんで列の前に入り込む。ズームレンズをいっぱいまで広角にして青い機関車の撮影に成功した。 立ち上がりながら顔をあげると、どこかで見た顔とすれ違った。十三番のご主人だ。カメラを手に持ってなにやら満足げな顔をしている。まさか、あのご主人も鉄道おたくだったのか。驚いてみつこさんに声をかける。 「みちゃん、いまの見た!?」 「見たよォ」 「おれは余程の事情があって、夜行列車に乗らざるを得なくなって、乗ったんだと思っていたんだ」 「あたしだってそう思ってたよ。そうでなきゃ、あんなお腹のおっきな妊婦さんを夜行列車に乗せないよ」 「でも、ご主人もただの鉄ちゃんだったよ」 「奥さん、よかったのかなぁ」 「そういえば、朝起きてきて『楽しかったよ』とか言ってたな」 早朝の札幌駅には鉄道おたくたちのさまざまな思いが渦巻いていた。 回送「はまなす」はそんなことはおかまいなしにダイヤ通り6時25分ごろ手稲方面へと去って行った。 |
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