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走れ!バカップル列車 第72号 急行はまなすB寝台 |
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二 「はまなす」はJR最後の急行列車である。私たちがバカップル列車をはじめた二○○四年以降では、名古屋〜奈良間「かすが」(二○○六年三月廃止)、三次〜広島間「みよし」(二○○七年七月廃止)、東京〜大阪間「銀河」(二○○八年三月)、岡山〜津山間「つやま」(二○○九年三月廃止)、上野〜金沢間「能登」(定期列車としては二○一○年三月廃止)、大阪〜新潟間「きたぐに」(定期としては二○一二年三月廃止)といった由緒正しい急行列車が相次いで姿を消している。 そうするうちにただ一つ取り残されるようにして一日一往復の余命を保っているのが「はまなす」だ。 しかもただの「最後の急行」ではない。夜行急行としても、機関車が引っ張る客車の急行列車としても、蚕棚式の開放型寝台車を連結している列車としても、最後の列車となってしまった。青森駅で見てきたように、寝台車、座席指定席、カーペットカー、自由席といった多様な車両を連結した編成は、往年の名列車を彷彿とさせる風格を漂わせている。 「銀河」のように戦後から歴史を刻んできた列車があった一方で、「はまなす」はJRが新設した比較的歴史の浅い急行列車だ。前号(71号)でも書いたとおり、青函トンネル・海峡線開業を機に昭和六三(一九八八)年三月十三日、青函連絡船の夜行便と函館〜札幌間の夜行列車を引き継ぐかたちで登場している。特急列車ではなく急行列車として設定されたのは、夜行バスとの競争で料金を抑えるためといわれている。 つい数年前までは「はまなす」もこれほど混雑していなかった。二○○九年六月にバカップル列車40号で乗車した後、二○一一年二月にも一人で乗車したが当日でも寝台券を取ることができた。 北海道新幹線の開業が迫り、風前の灯火であることは誰しも予想できることだから、名残を惜しんで乗りに来る鉄道おたくたちが増えているのだ。しかも私たちが「はまなす」の寝台券を取った直後の九月十六日、寝台特急「カシオペア」、特急「スーパー白鳥」「白鳥」、急行「はまなす」が二○一六年三月に廃止されることがJRから正式に発表された。廃止前に乗っておきたいというおたくたちのフィーバーに火がついたのは間違いない。 時刻表の上では次の停車駅は函館だが、二十五分ほど走って蟹田に運転停車。再び走りはじめて、22時52分ごろポイントをガタンと右に渡り、車内がわずかに揺れる。新中小国信号場だ。ここから複線になり海峡線の線路に入る。まもなくして右にカーブすると新幹線の線路と合流する。 ピイイィッ! ピイィ! すれ違う列車の機関車同士が汽笛を鳴らし合う。銀色の車体が走り抜けてゆく。上野行きの「カシオペア」だ。 津軽今別を通過。今年八月以降、この駅に停車する列車はなくなったので、実質的に在来線の駅としては廃止されてしまった。ゆくゆくは北海道新幹線の奥津軽いまべつ駅になるという。 上段で寝ていたはずのみつこさんが下に降りてきた。「トイレ」 用を済ませて戻ってくると、みつこさんはすぐには上段に昇らずしばらく私の隣に座っていた。すでに照明は減光されて車内は薄暗い。十三番のご夫婦は上段、下段ともカーテンの向こう側にこもったきりで、外の様子をうかがっているような気配もない。前後の乗客もおおよそ就寝したようだ。少し声を落として話す。 「そろそろ青函トンネルだよ」 次々に入っては出てゆくトンネルをたしかめながら、青函トンネルに入る瞬間をいまかいまかと待つ。 「青函トンネルに入るときだけ、汽笛が長めに鳴るんだよ」 ところがさきほど入ったトンネルがけっこう長く、なかなか出そうにない。 「あれ? もう青函トンネル入ったんじゃないかな」 「汽笛鳴らなかったね」 窓の外を眺めて様子を確かめる。「いや、でも、これ青函トンネルだ」トンネルに入ったのは23時07分ごろだったろうか。 「なあんだ」ちょっとがっかりしたようにそう言うと、みつこさんは上段寝台に引っ込んでしまった。 それから五分くらいして、ピイイイイイイィッと突然長い汽笛が鳴った。別のトンネルに入ったわけではない。ずっと青函トンネルのままなのに。 「なにいまの?」みつこさんが上段から顔だけ出して訊いてくる。 「さっき鳴らすの忘れたから、いま鳴らしたんじゃないかな?」 そんな適当なことするものなのかな? と自分でも疑問に思いながら、そう答えておく。 「じゃあ、おやすみ」そういうとみつこさんの顔がカーテンの内側に引っ込んでいった。 その後五分くらい走ると蛍光灯のまぶしい光の列が窓の外を流れていくのが見えた。竜飛定点だ。地図で見ると竜飛崎のちょうど真下にあたる。開業当初から青函トンネル見学ツアーなどで下車できる竜飛海底という臨時駅だった。保守車両の留置基地や避難所などの設備があり、建設時に掘削された斜坑から地上に出ることもできる。二○一三年以降列車が停車しなくなったものの、そうした設備があることから二○一四年三月に竜飛定点という呼び名に変更された。今年四月、特急列車の床下から煙が出る事故が発生したが、乗客たちは竜飛定点から地上へ避難したという。 列車は海底トンネルを走り続ける。このあと北海道側の基地である吉岡定点を通過し、やがてトンネルを抜けるだろう。木古内からの江差線区間では昼間の晴れた日なら津軽海峡と函館山を臨む絶景が広がる。あれこれと思いはめぐるが、寝台に横になっているうちにいつのまにか寝入ってしまった。 |
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