| リストに戻る |
|
走れ!バカップル列車 第72号 急行はまなすB寝台 |
|
一 青森駅のホームいっぱいに急行列車の長い編成が停車している。 列車の発車まで四十分ほどある。みつこさんと私はいったん一・二番線ホームに降りて、反対側から列車の編成を眺めることにした。 函館方向の先頭は赤い電気機関車。ED79形という塩害対策を施した青函トンネル区間専用機だ。続いて青い寝台客車が三両並ぶ。通常なら寝台車は二両だが、連休だからか一号車と二号車の間に増二一号車が連結されている。今夜、私たちが乗る寝台は増二一号車だ。この増結車両のおかげで寝台券が取れたのかもしれない。 三号車から十号車までの八両は座席車だ。寝台車と同じ青い車体だが、天井が低いので屋根の高さが違う。寝台車も、座席車も、塗装が剥げかかったりしていて痛みは激しい。一部車両には床下に電源用ディーゼルエンジンを積んでいるので、ゴオオオオォというエンジン音が周囲に鳴り響いている。排気ガスの匂いがどこからともなく漂ってきて、この匂いを嗅ぐと「ああ、これから夜行列車に乗るんだな」という感慨がいっそう膨らんでくる。 「見て!」先を歩くみつこさんがニコニコしながら四号車の車両を指さす。四号車は外から見ても一風変わっていて、小さな窓が不思議な配列でならんでいる。「のびのびカーペットカー」と呼ばれる車両で、通路から一段上がったところにカーペットが敷かれている。横になって寝ることができるのに、ふつうの急行券と指定券(三一○円)で乗車できるので人気の車両だ。しかも編成中一両しかなく、一両の定員もわずか二十五名なのでカーペットカーの指定券を入手するのは至難の業である。 カーペットカーはみつこさんの思い出の車両だ。初めて二人で「はまなす」に乗ることになったとき(「走れ! バカップル列車40号」)、私はみつこさんの負担を考えて寝台車に乗るのが良いと思っていた。ところがみつこさんが自らカーペットカーに乗りたいと言ったのである。みつこさんのたっての希望だから私も張り切ってカーペットカーの指定券を買いに行った。かれこれ六年も前のことである。 五号車から最後尾の十号車までは座席車両が続く。五、六号車は特急列車のグリーン車の座席を転用した「ドリームカー」。七、八号車は普通座席の指定席、九、十号車は自由席だ。車内の様子を見ると指定席はほぼ満席なのに、自由席の方は空席が目立つ。自由席は座れないと心配して、みんな指定や寝台を取るから、かえって空いているのかもしれない。 車庫からここまで列車を引っ張ってきた朱色のディーゼル機関車はこちらの十号車側に連結されていたが、すでに機関車はいない。切り離されて車庫に戻ってしまったようだ。 跨線橋を渡っていよいよ三番線ホームに来る。これから乗車する鉄道おたくたちがカメラを抱えてせわしなく走り回っている。私もその中に混じって写真を撮る。 きょうは増結車両を連結しているためか、機関車の先頭がホームの端からはみ出している。これでは機関車の顔を撮ることができない。鉄道おたくにしてみればこれは痛手だ。立入禁止区域から写真を撮る不届き者が現れないようガードマンが二人いて厳重な警戒をしている。 機関車と客車の連結部を覗いてみる。機関車の顔の中央にはハマナスの花をあしらった円形のヘッドマークが掲げられている。客車の最前部にもヘッドマークと同じ図柄を四角い方向幕にした電飾のテールマークが暗闇に浮かんでいる。 一号車からはじまる青い客車をもう一度先頭から最後尾まで眺める。みつこさんが四号車の窓からカーペットカーの車内を覗いている。ホーム側は通路になっているので、窓はふつうの配列だ。カーテンが閉められているのに、みつこさんはその隙間から覗いている。 「みちゃん、変な人だと思われちゃうよ」 「ん? 大丈夫だったよ」みつこさんはすましているが、きっと車内の乗客は不審な人と思っただろう。 いちばん後ろの十号車まで見届けて、乗車する増二一号車に戻ってきた。入線から発車まで四十二分間あったはずなのに、気がつけばもう発車時刻が迫っている。 隣の二号車の乗車口から車内に乗り込む。増二一号車への連結面に扉があって窓の磨りガラスに「寝台車」の文字。書体は懐かしい国鉄時代のままだ。 増二一号車は車掌室のない中間に組み込まれる寝台車両で、車端部に洗面台と「便所」と表記されたトイレが二つずつある。さらに扉を開けると客室で、一号車に向かって右側に通路が続いている。通路の左側には「開放型」と呼ばれる蚕棚状の二段式B寝台がずらりと十七列並んでいる。 「何番だっけ?」みつこさんが後ろから声をかけてくる。手もとの寝台券は「十四番上段」と「十四番下段」。どちらかというと一号車側の車端に近い。 「ここだ、ここだ」 十四番の寝台は十三番の寝台と向かい合わせになっている。十三番の相客は若いご夫婦だ。小太りのご主人とメガネをかけた奥さんが静かに下段の寝台に座っている。 荷物を降ろし、寝台に腰掛けたところでちょうど定刻になった。 二○一五(平成二七)年十月十日、22時18分、ガタンという軽い振動とともに列車がゆっくり動き出した。蛍光灯に照らされた青森駅のホームがゆっくりと流れてゆき、急行「はまなす」は暗闇の中へと滑り出す。 私たちが十四番の下段に座るとなんとなく四人が向かい合わせに座ることになる。向かいの奥さんはマスクをつけているので顔がよく見えないが、ずいぶんとお腹が大きい。道理でさきほどから静かなわけだ。もうすぐ産まれそうなくらい膨らんでいるのに、蚕棚の寝台車で札幌に向かうなんてよほどの事情なんだろう。物見遊山で夜行列車に乗る私たちとは訳が違う。こちらとしては気を遣わざるをえず、なかなか声をかけにくい。 青森駅構内を出た列車は右へ右へとカーブして単線の津軽線を北へ向かう。車掌の車内アナウンスがはじまる。定員三十四名の寝台車は満席だ。車内での過ごし方はそれぞれで、私たちは座席代わりになる寝台の下段に座っているが、なかには通路の壁から出てくる簡易椅子に座って車窓を眺める客もいるし、鉄道おたくなのか、落ち着きのない様子で同じところを行ったり来たりする客もいる。 車掌の検札が来ると向かいのご夫婦は早速寝台の準備をはじめた。ご主人がはしごを昇って上段に行き、奥さんは下段のカーテンをするすると閉めている。我が家ではみつこさんが上段で休むことになっているので、みつこさんがはしごを昇る。 着替えを終えたみつこさんがカーテンの隙間から顔を出して下段をのぞき込んでくる。「おやすみ」 私も上を見上げて「おやすみ」と返す。 こうして二人上下に蚕棚の寝台車に乗るのもきょうが最後の夜になるだろう。 |
| next page 二 |
| リストに戻る |