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走れ!バカップル列車 第71号 はやぶさグランクラス |
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三 グランクラスはE5系のデビューと同時に誕生した。 E5系は東北新幹線の新青森延伸開業から遅れること三か月、二○一一年三月五日に速達タイプの「はやぶさ」として登場した最新鋭車両で、最高速度時速三二○キロを実現するため構想から十年もの歳月をかけて開発された。 その目玉のひとつがグリーン車よりも上位にあたり、近年の国内の鉄道にはなかった新しいクラスとなる「グランクラス(Gran Class)」である。発表当初の二○○八年四月には「スーパーグリーン車」と仮称されていたが、二○一○年五月に正式名称が「グランクラス」に決定したと発表された。JRによれば、コンセプトは「特別な旅のひとときをあなたに」だそうだ。 東京から仙台までグランクラスに乗ると、運賃・特急料金・グランクラス料金合わせて一九、三八○円(普通車一○、八九○円)、東京から新青森は二六、三六○円(普通車一六、八七○円)にもなる。運賃・料金はほぼ倍と考えて良い。それにもかかわらずグランクラスは好調な滑り出しを見せた。JRは三月八日に初日から四日間の平均乗車率は六五パーセント、特にグランクラスの乗車率は一○○パーセントを記録したと発表した。まさかその三日後の三月十一日に東日本大震災が発生し、全面運休の憂き目に遭うとは思わなかっただろうが、一か月半を経た四月二十九日に「はやぶさ」は復活した。 ちょうどそのころの「はやぶさ」に私たちは乗車したことがある。その様子は「走れ! バカップル列車48号」に書いた。私としては復興のシンボルとして東北を駆け抜ける「はやぶさ」の勇姿を描いたつもりである。 「はやぶさ501号」では二号車の普通車に乗った。いちばん初めは普通車に乗っておくべきだとも思ったし、資金的に余裕がなかったというのも理由のひとつだ。なによりグランクラスの方が先に満席になっていたから乗ろうにも乗れなかった。 「特別な旅のひととき」というコンセプトそのままに、グランクラスの室内はまさに特別の空間になっている。 シート周りと側面の壁は明るいホワイトゴールドのイメージに統一され、天井と窓枠からの間接照明とでどことなく宇宙船っぽい演出だ。デッキ側の木目調の壁と通路のカーペットに暗めのブラウンを使って全体の雰囲気を引き締めている。 席数は一両にわずか十八席。進行方向左側が二席、通路を挟んで右側が一席。その三席が前後に六列並ぶという配列で、一席ずつがカプセルのように独立している。 私たちの座席は左側の「三番B・C席」。みつこさんが通路側のB席、私が窓側のC席だ。いちおう隣り合ってる席だが、B席とC席のシートの間には幅の広い肘掛けとグラスが置けるカクテルトレイがあって、充分な距離が確保されている。しかも顔がくる位置には磨りガラスのような素材のパーテーションでやんわりと仕切られていて、隣がまったくの他人でも気にならないよう配慮されている。リクライニングはカプセルの中で動くようになっていて、背もたれ・座面・フットレストが連動している。ふわっとしたクッションに全身をゆだねて、まるでハンモックに揺られているかのようだ。前の座席との間隔は一三○センチ(グリーン車は一一六センチ)もあるからフットレストをいちばん上まであげても前の席には届かないし、カプセル式シートのおかげもあって前の席の人がどれだけ背もたれを倒しても気がつかない。 シートでくつろぐみつこさんを写そうとEOSで何枚か撮ってみて驚いた。室内のサイバーな雰囲気がとてもよく表現されている。iPhoneのカメラも悪くはないのだが、EOSとの差はやはり歴然としていた。 上野駅を発車したところで色白でおかっぱ頭のアテンダントが前方に立って「ご乗車いただきありがとうございます」とあいさつをした。心なしか話す口調に東北訛りがある。あいさつを終えて前の席から飲み物の注文を聞いて回っている。 グランクラスには十八名の乗客のためにアテンダントが二人もいる。一人あたり乗客九名を担当するという勘定だ。私たちの席は三番で東京側の半分に入るから、後ろにいるもう一人のアテンダントが担当なのかと思ったが、前方のおかっぱさんが来た。みつこさんはアップルジュース、私はコーラを注文。 グランクラスでは飲み物のほかに軽食もつく。軽食といいながらもふつうの駅弁ぐらいの分量はありそうなので、中途半端ないまの時間より、十八時すぎにいただいて晩ごはんの代わりにしようと思う。周りをみると早速食べている人がいるが、私たちは18時37分の盛岡を過ぎてからいただくことにした。 快適な姿勢を取ろうと、リクライニングの操作をあれこれ試していたら、後ろのアテンダントさんがすっ飛んできて、「お呼びでしょうか?」と私の顔をのぞき込む。 「えっ!?」 私は呼んだおぼえはない。しかし手もとをみるとリクライニングのボタンの近くにコールボタンがある。知らないうちに押してしまったらしい。 「すみません。間違って押してしまったみたいです」と謝った。彼女が飛んでくるまで、コールボタンなんてものがあることも、それがこんなところにあることも知らなかった。 大宮を16時46分に発車。車内はほぼ満席になった。大宮の次は仙台まで停まらない。宇都宮を通過したら最高速度時速三二○キロまで出すはずだが、グランクラスの包み込むようなシートと静かな車内とで肝心の速さがよくわからない。グリーン車以上に振動や騒音を抑える工夫がほどこされているようだ。目に見えないところでのこまやかな心遣いもグランクラスならではのものだろう。 宇都宮を過ぎてから居眠りしてしまったようで、目を覚ますと列車は仙台の手前を走っていた。窓の外はすでに真っ暗だ。 仙台の次の古川を通過したあたりで小太りの中年夫婦が大きな荷物を抱えてにぎやかにやってきた。仙台で近くのドアから飛び乗ったのだろう。いまになってようやく自分の座席にたどり着いたようだ。笑いながらアテンダントに遅くなった経緯をあれこれ話していたが、車内があまりに静かだからか、しばらくしたらご夫婦も静かになってしまった。 |
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