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走れ!バカップル列車
第71号 はやぶさグランクラス



   二

 今回のバカップル列車がいままでと違うのは、新しく買ったデジタル一眼レフカメラを携えての旅というところだ。
 それまで持っていたコンパクトデジカメとビデオカメラはどちらも中途半端な機種で、二台あってもなかなかうまい写真・映像が撮れなかった。それなら写真も映像も撮れるデジタル一眼が一台あればいいと考え、古い二台を下取りに出してキヤノンのEOS6Dという上位機種を買ったのである。清水の舞台から飛び降りるような覚悟での買い物だった。
 試し撮りをしてみてびっくりした。急に写真がうまくなったのだ。べつに自分の腕があがったわけではない。ただカメラを買い替えただけなのに、写真も映像も奥行きがあり描写力も優れたすばらしいものが撮れる。道具ばかり良いものを揃えるとむかしは馬鹿にされたものだが、やはり道具というものはある程度良い方がいいのだと改めて実感した。
 EOSでどんな記録が撮れるのか、楽しみの旅でもある。
 十月に入ると、心配性のみつこさんがしきりに「北海道は寒いよね。なに着ていけばいいかな?」と私に訊いてくる。出発までまだ十日あるから気温の予報も変わってくるはずで、まじめに答えるならわからないというのが正解である。
 でもみつこさんは心配なのだ。その心配は極力取り除かないといけない。だからその都度、
「いつもの紺色のジャケット着てけばいいんじゃない?」
「セーターは一枚あるといいな。ユニクロの赤いヤツがあったじゃん」
 などと適当に答えておく。
「東京駅発は16時20分だからね、したくはその日の朝でも大丈夫だよ」
「ずいぶん遅いんだね」
「『はまなす』は青森発十時だから。それに間に合えばいいんだ」
 その日の夕方まで東京にいて青森からの「はまなす」に乗るということに、私は独特の気分の高揚を感じる。
 昭和の話だが、津軽海峡を渡る青函連絡船には夜行便というものがあった。
 青森、函館を午前零時過ぎに出航し、函館、青森それぞれに午前四時ごろ着くというかなり厳しいスケジュールなのだが、利用客はそれなりに多かったと聞く。下り便に乗って列車に乗り継げば朝九時ごろには札幌に着く、上り便なら午後一時過ぎには上野に着く。目的地で時間を有効に使えることが人気の秘密だったのだろう。
 急行「はまなす」は青函連絡船の夜行便を引き継ぐ形で、昭和六三(一九八八)年三月に誕生した。青函トンネル開業と同時に、というより青函連絡船の廃止と同時に、といった方が実情にぴったりくるだろう。
 連絡船の下り夜行便には特急「はつかり」が接続していた。上野発時刻は一五時三○分ないし一六時だった。在来線特急「はつかり」は新幹線「はやぶさ」になり、始発駅は上野から東京駅に変わったが、夕方の時間帯に出発して「はまなす」に乗ることで、ついぞ乗ることのなかった青函連絡船の夜行便に乗るような心持ちになれるのである。
 ちょっと違うのは、青森駅での乗り換え時間に余裕を持ったところだ。最短時間で乗り換えるなら東京18時20分発の「はやぶさ31号」に乗ればよい。わざわざ二時間も早い「はやぶさ」に乗るのは、晩ごはんを食べる時間を確保したかったからであり、「はまなす」が青森駅に入線する様子を見たかったからでもある。それでかえって、かつての「はつかり」に近い出発時刻になった。

 二○一五(平成二七)年十月十日、どんよりしたくもり空のもと、みつこさんと私は東京駅に駆け込んだ。近いからという理由で立ち寄った八重洲での用事に意外に時間がかかり、荷物を抱えて八重洲地下街を走る羽目になった。
「何号車なの?」みつこさんが息を切らしながら訊いてくる。
「十号車だよ」答えながら二十三番線へのエスカレーターに向かう。
「はやぶさ」の特急券を買うとき、みつこさんに内緒にしていたことがあった。ふつうに新幹線に乗るなら普通車指定席の特急券を買うのだが、今回は特別に「グランクラス」にしてみたのである。新しい特別車両であるグランクラスでも、いつかはバカップル列車を走らせたいと考えていた。二人揃って東北新幹線東京〜新青森間全区間を走破できる機会もそうそうないはずだから、今こそと思い、グランクラスの切符を注文した。けっこうな人気らしく、むつかしいかと思ったが、「はまなす」の寝台券と一緒にしっかり一か月前に買ったので二人横並びの座席を確保できた。
 グランクラスの切符を買ったことは列車に乗るときまでのサプライズのつもりだったが、何日か前に切符を見られてしまった。
「えっ、グランクラスにしたの!?」
 みつこさんはびっくりしていた。無駄遣いして、と怒られるかと思ったが、思いのほかうれしそうだったので私も胸を撫でおろした。
 ホームにあがると、エメラルドグリーン色のメタリックな車体が目に飛び込んでくる。グランクラスのある先頭十号車の長い鼻の先には赤い車体の「こまち」が連結されている。「はやぶさ」「こまち」を合わせると十七両という長大編成である。
 急いで来たのにドアはまだ開いていなかった。ちょっと拍子抜けだ。汗ばんだ身体を落ち着かせながらドアが開くのを待つ。「はやぶさ・こまち27号」は、16時04分に東京駅に到着した「はやぶさ・こまち20号」の折返し車両だ。わずか十六分のあいだに車内清掃を済ませるわけだから仕方ないところでもある。
 清掃が終わり、ドアが開いた。
 乗車口の横には「G」をモチーフにした金色のロゴマーク。アテンダントに切符を見せ、車内に乗り込む。デッキからしてすでに豪華だ。乗車口ドアの車内側は真っ赤に塗られ、ホワイトゴールドの客室への扉は間接照明に輝いている。そのドア部分にも「Gran Class」の文字。前に立つと扉が開き、緊張しながら客室に入る。
「わあ、すごいねぇ」
 革張りのシートに収まって、みつこさんはきょろきょろとあたりを見回している。足もとのホルダーからパンフレットを探してきて、いつのまにかリクライニングシートや読書灯の操作方法をおぼえている。
 気がつけば発車時刻16時20分になっていた。
「あれっ! いつの間にか動いてる」
 なんの振動もなく静かに発車したことに、みつこさんが驚いている。東北新幹線「はやぶさ・こまち27号」は東京駅のホームをするりと抜けだし、三月に開業した上野東京ラインを左に見ながらスピードを上げてゆく。



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