リストに戻る
走れ!バカップル列車
第71号 はやぶさグランクラス



   一

「日本の鉄道はいずれ、新幹線と大都市圏の通勤電車しか残らないだろう」
 私は上野東京ラインを走ったバカップル列車の前号(第70号)でそう言った。新幹線や通勤電車は延伸・充実し、在来線の長距離列車やローカル線は消えてゆく。その動きはこの夏以降ますます加速しているようにみえる。
 私が個人的にその先頭を走っていると考えているのがJR北海道である。
 北海道はジリ貧である。そもそも国鉄時代から黒字の路線がなかった。美幸線や白糠線など国鉄であるうちに「お荷物」をある程度整理してからの民営化だったが、すべての路線が赤字路線ということに変わりはなく、純粋な営利企業として成り立つはずがない、というところからのスタートだった。
 それに加え、近年では二○一一年五月の特急「スーパーおおぞら」の火災、二○一二年から二○一三年にかけては貨物列車の脱線事故が相次ぎ、安全面においても信頼性が揺らぐことになってしまった。北海道新幹線はそうした中で来春、開業の日を迎えるのである。
 今年二○一五(平成二七)年五月八日、JR北海道はプレスリリース「平成26年度決算について」の中で、参考資料として「平成26年度 お客様のご利用状況」というデータを公表した。輸送密度一万(単位:人/キロ/日。一キロ当たりの一日平均旅客輸送人員を示す)以上の線区を「ご利用が多い区間」として次の五線区を掲載している。
 函館線・小樽〜札幌      四四、○九九(人/キロ/日。以下同じ)
 千歳・室蘭線・白石〜苫小牧  四三、九七四
 函館線・札幌〜岩見沢     四三、○二五
 千歳線・南千歳〜新千歳空港  二九、○七四
 札沼線・桑園〜北海道医療大学 一六、八七三
 この資料では同時に輸送密度五百(人/キロ/日)未満の線区を「ご利用が少ない区間」として次のように示している。
 札沼線・北海道医療大学〜新十津川   八一
 石勝線・新夕張〜夕張        一一七
 留萌線・深川〜増毛         一四二
 根室線・滝川〜新得         二七七
 日高線・苫小牧〜様似        二九八
 宗谷線・名寄〜稚内         四○五
 根室線・釧路〜根室         四三六
 釧網線・東釧路〜網走        四六六
 私は知らなかったのだが、JR北海道が決算資料に「お客様のご利用状況」を添付するようになったのはここ数年のことらしい。何らかの意図があるものと考えて当然だろう。ある報道機関が「ご利用が少ない区間」は「JRが廃止対象と考えている線区のリストだ」と報じ、鉄道おたくのあいだでにわかに話題になった。
 事実、その三か月後の八月十日には留萌本線の留萌〜増毛間を二○一六年度中に廃止するとの発表があった。先の八線区には根室、稚内など最東端、最北端へ向かう路線が含まれている。幹線と呼ばれ、特急列車が走っている路線でさえ容赦なく廃止することを意味している。新幹線で北海道に行っても、着いた先で乗る鉄道がなくなってしまうのだ。

「走れ! バカップル列車」はその名が示すとおり、「列車」に乗る旅である。主役は「路線」ではなく、あくまで「列車」だ。夜行列車に乗ろうと思えば、東海道線や東北線には何度も乗ることになるが、反対に地方のローカル線のなかにはまだ一度も乗車できていない路線もある。それは「バカップル列車」をはじめる前の私一人の旅においてもほぼ同じ傾向であった。そもそも国内の鉄道全線の完乗をめざしていたわけではなく、未乗の路線も数多い。
 そうはいいながらも、できるだけ多くの列車、ありとあらゆる列車に乗りたいという思いはあるから、それが結果的に全線完乗に近づくのは理想といえる。路線が廃止されて、そこを走る列車がもうなくなってしまうとなれば、なくなる前に一度は乗っておきたいと思うのは素直な心情である。だからこそ、江差線の木古内〜江差間が廃止されると聞けば、それだけのために北海道に行くし(「走れ! バカップル列車58号・59号」)、なくなりそうな路線にも時間の許す限り乗ることにしている。
 留萌本線は、今回廃止が決まった留萌〜増毛間だけでなく、しばらく存続するはずの深川〜留萌間にも乗ったことはない。できることなら廃止直前になって大騒ぎになる前に乗りに行きたい。この際だから寝台特急「カシオペア」(「走れ! バカップル列車66号・67号」)に乗車したとき、「カシオペア」が遅れたために乗るのを断念した札沼(さっしょう)線(桑園〜新十津川間)にも乗っておきたい。
 留萌本線廃止の報を聞いてから、私は漠然と北海道に出かけようと思いはじめていた。せっかく北海道に行くのだから、同じく廃止が予想される青森〜札幌間の急行「はまなす」や寝台特急「カシオペア」にもできればもう一度乗ってみたい。
 だが、もたもたしていて八月中に動くことはできなかった。九月の指定券は八月に発売され、人気列車はすぐに満席になってしまうから、九月中に出かけることはもうできない。九月に窓口に行って、取れるのは十月の切符である。
 最近のみつこさんは、この四月から入院している義母の介護に一日の大半を費やしている。だから最初は留萌本線、札沼線も私一人で行こうと思っていた。
 ただ、義母の介護は義姉との交替制だ。義姉が義母を看てくれる週末なら、みつこさんだって介護を休める。では、体育の日を入れた三連休はどうだろう? 三日間休めるのなら、みつこさんの分も切符を取っておきたい。
「みちゃん」
「なに」
「十月の十、十一、十二の三連休なんだけどサ、みちゃんも北海道に行けるかな?」
「うーん、おねえに訊いてみないとわかんないな」
 みつこさんが義姉に相談のメールを送ったら、しばらくして返信がきた。「おねえがいいよって言ってくれたから、北海道行けるよ」
「よかった。みちゃんももう一度、『はまなす』乗ろうね」
「おおっ、『はまなすカーペット』?」
 みつこさんは以前乗った「はまなす」のカーペットカーがお気に入りだ(「走れ! バカップル列車40号」)。しかし今回はみつこさんには悪いが競争率の高いカーペットカーは避けておこうと思う。
「こんどは寝台にしようと思うんだけど」
「うん、いいよ」
 十月十日の「はまなす」で札幌に向かい、十二日に札幌を発つ「カシオペア」で上野に戻ってくるという旅程が理想である。
 九月十日、水道橋駅のみどりの窓口でいわゆる「十時押し」をしてもらった。十月十日の「はまなす」の寝台券は運良く取ることができた。九月十二日、帰りの「カシオペア」はやはり取れなかった。



next page 二
リストに戻る