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走れ!バカップル列車
第61号 東北線夕刊輸送電車



   二

 じつは密かに韓国に行こうと思っていた。そのつもりで七月の真ん中に三日ほど日程も空けておいた。しかし家の事情で急遽断念せざるを得なかった。なにもしなくて良い日がぽっかりとできてしまった。
 最初の一日は仕事してしまった。とくに急ぎではないのに終わっていないと不安になるものである。しかしこれではいけないと思った。空いた日は有意義に使うべきだ。海外へは行けなくても、関東近辺で一泊ぐらいならどこか出かけられるんじゃないか?
 そこで思い出したのが黒磯行き583Mだった。あの列車に乗ろう。新聞がどうやって運ばれていくのか、この目で見よう。黒磯までいったら那須あたりの温泉に泊まって、帰りは宇都宮に寄って餃子も食べよう。
 あとはみつこさんに相談だ。
「みちゃん」
「なに」
「前にも一度話した夕刊を運ぶ電車に乗りに行かない? 黒磯行きの鈍行なんだけど」
「ああ、いいよ。いつ?」
「あした」
「うん」
「黒磯着くの夕方だからさあ、那須の温泉に泊まって、帰りに宇都宮寄ってこよう」
「いいねえ」
 話は決まった。那須の宿もネットで予約できた。泊まる日の前日だったが夏休み直前の平日ということで空いてたようだ。

 次の日の二○一四年七月十七日、みつこさんと私は昼下がりの上野駅にやって来た。
 地上ホームの十五番線に来てみると、列車こそまだ入線していないが、中央改札口に一番近い側(東京寄り)のホームの端っこに荷物運搬用の台車が黄色いターレットトラックに繋がれて待機している。トラックの運転席にいるのはTシャツ一枚の真っ黒に日焼けしたおっさん。そのうしろに作業服を着た痩せたおじさんが立っている。
「おお、あるある!」
 二人で近づくと三両ある台車それぞれに新聞が大量に積まれている。間々田、小山、宇都宮など降ろされる駅ごと、あるいは新聞ごとに紐とビニールで梱包されている。あとで調べたところによると全国紙夕刊の早版はお昼の十二時ごろが原稿の締切とのこと。それから一時間も経たないうちに印刷、梱包、運送を経て上野駅にやってくるのだから、ものすごい早業だ。
 同じホームの反対側は十四番線で13時00分発高崎線高崎行き879Mが停車している。つい最近まで見られた旧型211系の姿はもうなく、新型のE231系電車が使われている。こちらも夕刊輸送列車で最後部車両の四分の三ほどのスペースに夕刊が積まれている。積み込む作業は見ることができなかったが、十四番線と十三番線の間にはまさに荷物を積み込むための専用ホームがあるから、十四番線ホームからではなく荷物ホーム側から新聞を積んだのだろう。かつて上野駅の地上ホームにはこの荷物ホームを中心に荷物を運ぶためのターレットトラックが頻繁に行き来していたものだ。国鉄がJRになって二十七年。寝台列車や荷物列車が消えて行き、新型電車が次々登場してもいまなお見られるこうした光景は国鉄の無形の遺産ともいえるだろう。
 12時58分、宇都宮からの588Mが十五番線に入ってきた。この車両が折り返し黒磯行きの583Mになる。乗客がぞろぞろと降りてゆき車内に誰もいなくなると「車内清掃」と称していったんドアが閉まる。実際は新幹線のような掃除は行われないのだがそういう名目だろう。しかし新聞を積み込むおじさんたちにとってはこの「清掃」の時間こそが自分たちの持ち時間である。車掌が編成全体のドアを閉めると痩せたおじさんが、最後部一号車の非常コックを開放し、一番後ろからひとつめ、二つめ、三つめのドアをこじ開ける。トラックがゆっくりと進み、三両連結されていた台車が切り離されてそれぞれのドアの前に止められる。そこへおっさんやどこからともなくやって来たお兄さんたちが恐るべきスピードで新聞を積み込んでゆく。乱暴に投げ飛ばしているように見えるが、新聞の梱包は降ろす駅ごとにきちんと整理されている。同時に痩せたおじさんが開放されたドアとその反対側合わせて六つのドアに「荷物室」という札をかけ、さらに残されたドアひとつ分の客室との間を仕切るために「荷物用」と書かれた大きなカーテンを巡らす。こうしてふだん乗客が乗るスペースのうち四分の三ほどが即席の荷物室に変身した。
 新聞はトラックのおっさん、お兄さん、おじさんたちの手で瞬く間に積み込まれた。ものの二、三分でしかない。新聞の積み込みが終わると「清掃」時間が終了したことになり、車掌が編成全体のドアを開ける。発車まで時間があるからか乗客はまだ少ない。
 空になった台車は再びターレットトラックに連結される。Tシャツのおっさんがトラックを操作し、ホームをいっぱいに使ってUターンする。三両の台車はきれいな円弧を描きながらトラックの後ろをついてゆく。なんだか遊園地の電車みたいで、みつこさんが楽しそうに「お〜おっ」と声をあげている。おっさんは私たちの声援などどこ吹く風でにこりともせずトラックを操作し、どこへともなく消えていった。
 みつこさんと私は「荷物室」のある一号車のうち、乗客が乗れる残り四分の一のスペースに乗り込んだ。四人がけのボックス席が左右にひとつずつあるから、進行方向右側のボックス席を陣取り、窓側に向かい合って座る。空いていた車内も発車時刻が近づくに連れて乗客が乗り込んでくる。反対側のボックス席は三十前後の若いサラリーマン三人組が座った。その前後にある窓を背にして座る二人席もぽつぽつと埋まって行く。荷物室には痩せたおじさんが一人残り、いったん積み込んだあとも新聞を絶えず整理している。おじさんは荷物の番人として黒磯まで乗務するのだろう。
 いよいよ発車時刻になり、ベルが鳴りはじめた。中央改札の方から走ってきた人たちは、いちばん近いドアが三つまで荷物室になっているので慌てて四つめのドアに乗り込んでくる。駆け込み客のおかげで四分の一の客室の人口密度が一気にアップした。立っている人も五、六人いる。みつこさんの隣にはちっちゃいおばさんが座った。みつこさんの隣には恰幅のいいおじさんが来て窮屈になることが多いので、みつこさんはほっとした表情になる。



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