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走れ!バカップル列車 第54号 特急スーパービュー踊り子 |
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三 特急「スーパービュー踊り子」は東海道線を快走する。国府津を通過するころ、みつこさんに声をかけた。 「いちばん後ろの十号車に子供部屋ってのがあるんだけど、見に行かない?」 「そんなのがあるの?」 聞き返したみつこさんはしばらくして、 「だからか……」 とつぶやく。どうしてと訊いたら、 「さっきから、子供連れのお母さんがよく通路を行き来してるから」 「ああ、そうだね。子供部屋に行って帰ってきたんだと思うよ」 リゾート列車である「スーパービュー踊り子」には座席以外にもフリースペースがある。一号車の一階のサロンはグリーン券を持っていないと入れないが、十号車一階の子供部屋なら乗客の誰もが利用できる。 「へえ、こんな風になってるんだ!」 十号車デッキの二階と一階に分かれるところに出て、みつこさんがいう。 そこから一階の子供部屋を覗いてみると、すでに先客がいて、お母さんとちびっ子たちがキャッキャと遊んでいる。そんな中を四十がらみのおっさんが入っていくのも野暮なので、二階を通って一番後ろの展望席に先に行くことにした。カップルがひと組、人目をはばかるようにひそひそ会話を交わしているほか乗客は誰もいない。ここは野暮でもなんでもどかどかと入りこんで、ガラス越しに運転席が見えるいちばん後ろの席に来た。展望席は座席の回転ができない構造なので、後ろ向きに座る格好になる。みつこさんと私は次々に後方に去っていく景色をしばらくの間ぼんやりと眺めていた。鴨宮を通過し、酒匂川を渡る。貨物列車とすれ違う。 小田原を通過して、一階が静かになったので子供部屋に行ってみると、もう誰もいない。黄色、水色、ピンクといった淡い配色のソファにどっかと座る。四十がらみのおっさんも子供がいないから偉そうにふんぞり返る。 七号車の席に戻ってくると左側の大きな窓に海がいちめんに広がっている。東海道線の早川から根府川を経て真鶴までの区間は、東海道線でもいちばんといっていいほど景色の良いところである。山は海岸まで迫り絶壁となる。その絶壁を抱える山の中を列車はトンネルで抜け、鉄橋を渡りながら進んでゆく。根府川を通過し、アンダートラスの白糸川橋梁を渡る。この鉄橋は、「根府川の鉄橋」とも呼ばれ、写真撮影専門の鉄道おたく、いわゆる「撮り鉄」たちがカメラを並べていたところである。近年になって暴風対策の柵が設置され、列車が見えなくなったので、撮り鉄はずいぶん減ってしまったそうだ。 9時55分、熱海に着いた。実感としては新宿からすぐという感覚だ。横浜でも何人か乗ってきたが、熱海からも乗ってくる。伊東線内、伊豆急線内だけの利用も意外に多いようだ。それでも日曜の下り列車だからか、想像した以上に空いている。すぐ後ろに座った二人の青年はそれぞれなにかのゲームをしていて異様に静かだ。 熱海には一分ほど停車して、9時56分に発車。ポイントをガタゴトと渡って東海道線から伊東線の線路に入る。やがてトンネルに入り、出ると来宮である。東海道線が並んで走っているが、駅のあるのは伊東線だけだ。 来宮を通過するといくつかトンネルを抜けながら左にくるりとカーブし、伊豆の山の中へ入り込んでゆく。来宮からは終点の伊豆急下田まで単線になる。線路の規格も東海道線ほど良くはなく、カーブも多いので特急といえどもスピードは出せない。 トンネルを抜けると漁村を臨む高台に出る。伊豆多賀だ。春には両側のホームに並ぶ桜がいっせいに咲くのだが、いまは青々とした葉が生い茂るばかりだ。 伊東線も伊豆急行線も伊豆半島の東海岸を南下するルートをとっているが、山が海までせり出している地形のために、海が見えるところは意外に少なく、その代わりトンネルが多い。漁村を過ぎてトンネルを抜け、また次の港町へという光景を繰り返し、宇佐美に着いた。トンビが頭上をくるくると飛んでいる。時刻表では通過と書いてあるが、ここで東京行きの「踊り子102号」とすれ違うため運転停車する。 やがて線路は開けた海沿いに出て、フェニックスの並木を見ながら、国道135号線と並んで走る。ゆったりと弧を描く海岸線。並んで走る国道。南国の温泉街。まったく同じではないけれど、日豊線の別府〜大分間の風景とどことなく似ている。ホテルサンハトヤと大漁苑を左に見て、やがて街並みが広がってくると伊東である。 ホームに伊豆急の制服を着た車掌が立っていた。JR線は伊東までで、ここから先は伊豆急行線に入るので、伊豆急行の運転士、車掌に交替する。アテンダントはこのまま伊豆急下田まで乗務する。みつこさんはいつの間にか、通路向かい側の席に移って居眠りをしている。10時17分、伊東を発車。 南伊東を過ぎると高台に出て、広大な森を眼下に眺めながら走る。森には別荘がぽつぽつと点在していて、その向こうには川奈のゴルフ場やリゾートホテルがちらちらと見える。森が尽きた先には海が広がっていて、曇り空の下には伊豆大島や利島がうっすらと海に浮かんでいる。 10時32分、伊豆高原に着いた。きょうこのあと訪れる「伊豆シャボテン公園」の最寄り駅だが、バカップル列車はその列車の全区間を乗り通すから、いったん下田まで行く。向かいのホームには黒船カラーの「リゾート21」車両が停まっている。反対側の上り線には上り東京行きの「スーパービュー踊り子2号」が停車している。 伊豆熱川に停車。トンネルとトンネルの隙間の温泉街だ。駅の南方には温泉の源泉のような櫓があって、湯けむりが白くもうもうと立ちこめていた。いかにも伊豆らしい景色を見た。 伊豆高原からトンネル区間が多かったが、片瀬白田を通過するとこんどは海岸沿いに出る。線路の下は岩がごろごろ転がる海岸で白波がすぐ近くまで打ち寄せている。大きな窓の左から右まで視界全体が海だ。チャイムが鳴って、アテンダントの案内放送がはじまる。 「列車はこれより東伊豆海岸線を走ります。本日はあいにくご覧いただけませんが、海上が良く晴れていますと、伊豆大島、利島、新島、神津島、遠くには三宅島など伊豆七島が見渡せるところでございます」 案内では「あいにく」といっていたが、大島と利島までは見える。相変わらず雲は多いが、ところどころ陽も差していて車窓はなかなかに明るい。みつこさんは相変わらず、右側の席で居眠りを続けている。 伊豆稲取から河津までは海岸沿いをトンネルを抜けながら走るが、河津から先は終点の下田まで海から三、四キロほど離れた山あいに入る。二七九六メートルの谷津トンネルを抜けると右窓に谷が開けてくる。稲梓、蓮台寺と通過するとやがて街並みが広がって、11時05分、終点伊豆急下田に到着した。 新宿からはるばる百七十一キロ。距離はそれほどでもないが、のんびり走って二時間三十五分の旅である。ちなみに東京駅を8時30分に発車した「のぞみ17号」はこの一分後の11時06分に新大阪に到着する。 |
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