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走れ!バカップル列車
第54号 特急スーパービュー踊り子



   四

 せっかく終点伊豆急下田まで来たので、下田で昼ごはんと食べようと思う。
 ネットで検索して駅から三分ほどのところにある「ごろさや」という店が良さそうだったのでそこに行くことにする。店は十一時半からなので、まだちょっと早い。途中の「下田あんぱん」というのぼりにみつこさんが注目していたのでそののぼりの立っている店で「下田あんぱん」を買う。そうして「ごろさや」まで来るとちょうど店のおっさんがのれんを出しているところだった。
 メニューを見るとどれもおいしそうで迷うが、みつこさんは刺身と金目鯛の煮付定食、私は鯵刺しとなめろう定食、追加でサザエの壺焼きを注文した。店の人も親切で、でてきた料理はどれもおいしかった。特に下田は金目鯛が名産らしく、甘いタレで煮付けたやわらかな身が格別だった。
 伊豆急下田駅から再び電車に乗る。伊豆シャボテン公園に行くため伊豆高原まで普通列車で来た道を戻る。12時44分発熱海行きの電車はすでに三番線に停まっている。むかし東急線を走っていたステンレス車体の8000系という車両だ。伊豆急行電鉄は東急グループなので、そこらへんの関係があるのだろう。東急の通勤電車時代はすべて窓を背にして座るロングシートだったはずだが、いまは海側のロングシートは撤去されていて、向かい合わせに四人が座るクロスシートに改造されている。山側のロングシートはそのままなので、変則的な座席配置だ。
 先頭車に海側のクロスシートがひとつ空いていたので、みつこさんと二人で陣取った。みつこさんが肘掛けについているリクライニングのボタンを押して背中に力を入れる。
「あれ?」
「リクライニングできないよ」
 みつこさんの後ろはドアだし、私の後ろは隣のシートなので背もたれは固定されていて、リクライニングはできない構造だ。
「だってボタンあるんだもん」
「どこかで使ってたシートの流用だから、ついたままなんだよ」
 あとで調べたら西武レッドアローで使われていたシートだそうだ。敵対しているはずの西武のシートが東急の車両に整然と並んでいる姿はなんとも奥ゆかしい。実際、座ってみると、このシートはクッションも良く、固定とはいえ背もたれを少しだけ傾けた状態なので座り心地はかなり良い。
 定刻になり普通列車は走り出す。さきほど見た景色の逆回しのはずだが、雲の様子も太陽の傾き加減も少しずつ違っていて、まったく同じ景色ではない。やはり風景というのはひとつとして同じものは見えない。同じ場所でも来るたびにまったく別の風景が見えてくる。ひょっとしたら風景というものは人の記憶の中にしか存在しないものなのだろうか?
 普通列車はすれ違い列車が多く、ところどころで二分とか、河津では特急と普通の二本とすれ違うので十二分も停まったりする。片瀬白田付近の海岸の風景もみつこさんに見てもらうことができて、13時37分、伊豆高原に着いた。
 伊豆シャボテン公園行きのバスは出てしまったばかりで、あと三十分くらい待たないと次のバスがないので、タクシーに乗ることにした。
 別荘地の桜並木をぐんぐん登り、プリンをひっくり返したようなきれいな円錐形をした大室山の近くまで来た。伊豆シャボテン公園は大室山の隣の山の上にある。
 シャボテン公園の入口にある駐車場からの眺めは格別だ。伊豆高原の別荘地が眼下に広がり、その先に広がる相模湾。遥か彼方に伊豆大島、利島。左方向には真鶴半島もちらりと見えている。大島の向こうには房総半島も見えるらしいが、空気が霞んでいて見えているのか、見えていないのか、よくわからなかった。
 入場して真っ先に向かったカピバラは家族十人がのんびりと昼寝をしていた。生まれたばかりの赤ちゃんは一匹だけがちっちゃなお尻を見せていて、ほかの三匹はどこかに隠れていてみえない。基本的に夜行性だし、昼に来てもこんなもんだよなぁと半ばあきらめるような、それでもちらりと見えたから良いかと自分を納得させるような心持ちでいた。
 するとシャボテン公園のCMの写真を撮るというカメラマンやモデルの家族たちが来て、カピバラの好きな笹の葉のようなものをかさかさと振ると、昼寝していたカピバラが一斉に出てきて、その葉っぱに突進してくる。
「わあ、カピバラさんたち出てきた!」
 みつこさん大興奮。おおいにはしゃいでどさくさに紛れてカピバラの頭をなでている。やはりみつこさんも昼寝している姿だけでは、ちょっとがっかりしていたんだなと思う。父と母、昨年生まれた四人兄弟、そして先月生まれた四匹の赤ちゃん。父、母と兄弟は元気に草を食べている。赤ちゃんたちはなにがなんだか訳がわからない様子で、みんなに流されうろうろしながら、岩場の苔を舐めたりしている。
 カピバラ一家に別れを告げて、バスで伊豆高原に戻ってきた。電車が来るまでちょっと時間があるので、駅前広場の足湯につかった。
 16時18分発の熱海行き普通列車は「リゾート21」の「黒船列車」だ。車体が黒船を模して真っ黒に塗装されている。
 車内は海側半分は海に向かって座るロングシート、山側半分は向かい合わせの二人席となっている。海側の席に座れば大きな窓の向こうに伊豆の森と海が見える。
「こんな電車もあるんだね」
 みつこさんは特急料金なしでも、豪華でユニークな列車に乗れることに感心している。そうするうちに列車は赤入洞橋梁を渡る。まるで森の上空を飛んでるような気分だ。
「きょうはいろいろ楽しんだねえ」
 みつこさんが満足げにいう。リゾート電車に乗って、おいしい魚介類を食べて、カピバラを見て、足湯につかる。こんな休みの日もいいものだ。
「そうだね」
 答えたときには、みつこさんは目を閉じてすやすや寝息を立てていた。



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