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走れ!バカップル列車 第54号 特急スーパービュー踊り子 |
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二 翌日、二○一二年九月二日、みつこさんと私は水道橋から8時01分の中央線各駅停車に乗り込んだ。雲が多く、雨がぱらついたかと思うと薄日が差してきたり、よくわからない天気だ。 特急「スーパービュー踊り子1号」は8時30分に新宿駅五番線から発車する。新宿の五、六番線は、「成田エクスプレス」のほか、日光、伊豆方面の列車が発車するホームだが、埼京線・湘南新宿ラインのホームからも、中央線・山手線のホームからも離れた、いちばん代々木寄りに孤島のようにある。 「ずいぶん、離れているんだね」 長い通路を息を切らしながら歩くみつこさんがいう。ようやくたどり着いたところはホームのいちばん北の端っこだ。「スーパービュー踊り子」はすでに入線していて、いちばん後ろの十号車がまだだいぶ先に見えている。頭上はバスターミナルの建設工事をしているから陽の光は遮られ、朝だというのに薄暗い。しかも工事現場から雨漏りしているのか、ホームのところどころに水滴がしたたり落ちてくる。 特急券に指定された座席は「七号車十番A・B席」。乗車口でアテンダントに切符を見せて乗り込む。特別な雰囲気を演出するためなのか、「スーパービュー踊り子」は十両編成だが、乗車口は二号車、三号車、五号車、七号車、十号車の五箇所しかない。駅に停車するとそれぞれのドアの前にアテンダントが立って、切符を見せてから乗車する方式である。客室に入ると、まだ他の客はおらず、車内はがらんとしていた。しばらくして青年が二人乗ってきて、すぐうしろの十一番A・B席に座り込んだ。みつこさんが小声でいう。 「こんなに空いているのに、すぐうしろに座らなくてもなあ」 たしかにその通りだ。窓口で特急券を発売するときになんとか工夫できないものだろうか。発車前までに乗車してきたのは、私たちと後ろの青年のほかに三列前におっさんが一人乗ってきただけだった。 定刻8時30分になり、特急「スーパービュー踊り子1号」が新宿駅を発車した。複雑に絡まる新宿駅構内のポイントを右に左にガタゴトと渡り、埼京線・湘南新宿ラインが走る山手貨物線に入る。本線に入ってもしばらくはゆっくりと走るので代々木〜原宿間では隣を走る山手線に追い抜かれてしまった。 渋谷、恵比寿と見慣れた街を通過して、大崎からは品川方面へ向かう貨物線と離れる。この大崎付近のルートは湘南新宿ラインの列車と同じだ。山手線の車庫へ向かう引き込み線、りんかい線の線路と並んで東海道新幹線、横須賀線の線路の下をくぐり、くぐった先で、引き込み線、りんかい線とは分かれる。線路は住宅街の中を右にカーブして、大井町線の下神明駅付近でさきほどくぐった横須賀線の線路と合流する。 西大井駅を通過するとみつこさんが「ちょっと寝る」といって通路の向かい側の席に移ってしまった。251系の普通車は窓が天井まで続いていて明るいのはいいが、居眠りするにはまぶしいらしい。しかも私は景色を見るためにどんなにまぶしくてもカーテンを閉めないので、みつこさんが席を移動をするしかなかった。毎度のことながらみつこさんにはいつも迷惑をかけている。 多摩川を渡り、タワーマンションが林立する武蔵小杉に停車した。武蔵小杉はもともとJR南武線と東急東横線が交差する駅だったが、二○一○年三月に横須賀線にも新たに駅が設置された。新幹線と横須賀線が武蔵小杉の近くを通ってることは知っていたが、まさか本当に横須賀線に武蔵小杉駅をつくるとは思わなかった。近いとはいっても東横線と横須賀線の線路はおよそ二百メートル離れている。新駅開業後一年以上経って連絡通路が設置されたが、南武線や東横線のホームからは二百メートル以上歩かなければならない。 もうひとつ驚いたのは、横須賀線、湘南新宿ラインの快速・普通列車が停車するばかりでなく、特急「成田エクスプレス」、特急「スーパービュー踊り子」の全列車までもが停車することだ。本家であるはずの東海道線川崎駅なんて「スーパービュー踊り子」はすべて通過、「踊り子」さえ一部停車という地位に甘んじているのに、新参者の武蔵小杉に特急列車がすべて停まるなんて破格の扱いだ。JRは武蔵小杉になんの義理があるのだろう。 武蔵小杉を発車した特急列車は横須賀線の線路上を快調に走り、東海道線、京浜東北線と合流して鶴見川を渡る。湘南新宿ラインと同じルートだとすると、このまま横浜駅では横須賀線・湘南新宿ラインの九番線に停車し、戸塚駅で東海道線の線路に入るはずである。 横浜駅に近づき、アテンダントによる案内放送がある。 「あと五分で横浜です。9時01分の到着。お出口左側です」 おや、おかしい。たしか横浜駅九番線のホームは右側のはずだ。アテンダントは間違えているのだろうか。 列車は横浜駅進入を控えて最徐行で進んでいる。前の列車がつかえているのかな? などと呑気に構えていたら、あろうことか列車はポイントをガタゴトと左に渡りはじめた。 (ええ!?) 驚く間もなく、東海道線の上り線にいったん入り、さらに渡り線を通って東海道線の下り線に入ってしまった。横浜駅の手前で東海道線と横須賀線を連絡する渡り線があることは知っていたが、旅客列車がこの渡り線を使うところを見たことがなかった。しかも自分が乗ってる花形特急列車がこんなマイナーな渡り線を通るのだからびっくり仰天である。この驚きと感動を誰かに伝えたいと思い、はっと右の座席を振り向いたが、みつこさんはすやすやと寝息を立てていた。 停車したホームは東海道線の六番線。出口はアテンダントの案内通り左側であった。一分ほど停車して9時02分に発車。 みつこさんは停車中に目を覚まし、私の隣の席に戻ってきた。 「アイスたべていい?」 訊いてくるので、「いいよ」と答えると早速ワゴンを押してきたアテンダントのおねえさんに声をかけた。ところが、 「五号車の売店で販売しております」 と素っ気ない答え。みつこさんはあからさまに憮然とした顔になった。気を取りなおし売店まで買いに行こうとしていたところへおねえさんがワゴンをどこかに止めて戻ってきた。 「アイス、お持ちしましょうか?」 みつこさんは急に明るい顔になって、バニラアイスを注文した。おねえさんが売店から持ってきてくれたスジャータのアイスをにこにこしながら食べる。 アイスをぺろりと平らげると、みつこさんはかばんをごそごそとはじめる。なにをするのかと見ていたら、カーディガンを出してきた。 「どうしたの?」と訊くと、 「寒くなった」 アイスを食べて体が冷えたらしい。 「忙しいよ、あたし」 そうつけ加えて、みつこさんは再び寝てしまった。 |
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