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走れ!バカップル列車 第39号 寝台特急北斗星 |
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六 ブルートレインは6時34分、函館駅八番線に到着した。機関車交換のため八分停まる。 機関車交換といっても函館では列車の進行方向が変わるので、目立った作業は客車の最後尾に青いディーゼル機関車二両を連結するだけである。函館を発車するときはこちらが先頭になる。津軽海峡を渡ったエンジ色の電気機関車は進行方向が逆になれば最後尾に連結されていることになり、そのまま函館駅のホームに置き去りにしていけば自然に機関車交換が完了したことになる。 二人ともまだ浴衣を着ているし、ホームへ降りてディーゼル機関車の連結を見にいこうかどうしようか迷ったが、結局私だけ着替えて見に行くことにした。 靴を突っ掛けながら、小走りでホームの先端に向かう。ゆるやかにカーブしている函館駅のホームにはまだ赤みを帯びた陽の光が差しこんで、ホームのアスファルトとブルーの車体を照らしている。先端に来てみると、重連のディーゼル機関車はとっくに連結されていて、熱心な鉄道おたくのおにいさんでさえ帰ろうとしているところだった。しかも機関車の先頭はホームからはみ出ていて「北斗星」の丸いヘッドマークを入れた写真も撮ることができない。スピーカーからはまもなく発車しますというアナウンスが流れている。中途半端に変な写真だけ撮って帰ることにする。なにをしたかったのか、よくわからないままに終わった函館駅だった。 寝台特急「北斗星」は6時42分定刻に函館駅を発車した。みつこさんは私が乗り遅れてないか心配していたが、なんとかドアが閉まるまでに乗車できた。 着替えていったん外に出たものの、なぜだか頭がぼんやりと痛むのでベッドに横になった。列車は函館本線を北上している。この付近は大沼や駒ヶ岳などいい景色が楽しめるところだが、その景色を見る気分にはなかなかなれない。 窓ぎわに頭を近づけて寝転んでいると、大きな窓から空が見える。やがて緑も見えてきた。大沼付近の森の中を走っているのだろうか、木立の淡い緑が右から左へさらさらと流れてゆく。青い空と太陽の光の中で、キラキラ輝く緑が目にまぶしい。みつこさんと二人、ベッドに寝ころんで、流れていく緑の光をしばらくのあいだぼんやりと眺めていた。 駒ヶ岳の麓を過ぎて「いかめし」で有名な森を発車すると、列車はしばらく海岸線を走る。線路の下がすぐ海になっていて目に入るものは海と空ばかりだ。 海を見ているうちに七時半になり、昨夕ウェルカムドリンクを運んでくれたウェイトレスさんが、ちょうど約束した時間にコーヒー・紅茶と新聞を持ってきてくれた。コーヒー・紅茶はふつうのカップに注がれているので、こぼれないようにラップがかかっている。こんなに揺れる車内でお茶を運ぶなんてたいへんなことだ。多少こぼれていたがこれだけで済むのだから逆にすごい。たいせつなコーヒーと紅茶をありがたくいただく。紅茶を飲んでいたら、痛い頭も少しばかりやわらぎ、気分も良くなってきた。 カーブの途中にある落部(おとしべ)で「北斗星」はぴたりと停まった。時刻表では通過になっているから運転停車だ。車掌が「特急『スーパー北斗1号』の通過待ちをします」とアナウンスしている。人の気配のまったくない駅に貨物列車が突進していき、こちら側にはステンレス車体の新型車両で走る「スーパー北斗」が風のように過ぎ去っていった。通過列車があるときだけ、ホーム中央にある踏切の遮断機が降り、列車は轟音を鳴り響かせてゆくが、いなくなるとまたもとの静かな田舎駅になる。7時43分着、7時52分発。「北斗星」は待避線からポイントで本線に入り、少しずつスピードをあげた。 「ひろさん……」 寝ていたみつこさんがげっそりとした表情で話しかけてくる。 「どうした?」 「なんだか酔ったみたい。気持ち悪いんだ」 きょうはあまりしゃべらないと思ったら、そういうことだったのか。 「大丈夫?」 「あたしは朝ごはん食べられないから、食堂車行きたかったら、ひろさんだけ食べてきなよ」 私も函館あたりから頭がなんとなく痛くて、気分が悪かった。みつこさんの話でようやく自覚したが私も列車に酔ったのかもしれない。鉄道おたくのくせに。 「いや、じつはおらもあんまり食欲ないんだ……」 「そうなんだ……」 「じゃあ、車内販売のお弁当でも残っていたら一つ買ってきてわけっこしようか」 「そうしてくれるかな……」 たいへんなことになった。口数が少ないばかりか食欲までなくすというのは、みつこさんにしてみればかなりの重症ということだ。心配は心配なのだが、いまここで列車から降りるわけにもいかない。みつこさんには引き続き寝ててもらうことにして、八雲を過ぎたあたりで食堂車に向かった。函館から車内販売のおねえさんが元気な声で弁当を売りに来ていたから、残っていればなにかしら買えるはずだ。 食堂車に来ると、昨夕のウェイトレスさんが二人いて、私の姿をみて朝ごはんを食堂車でたべるのかと間違われたが、車内販売の弁当を買いに来たというと、売り切れてしまったとのこと。途方に暮れていたら、ウェイトレスさんが機転をきかせて「食堂車で出しているパンをお届けしましょうか」といってくれたのでお願いすることにした。 部屋に戻ってしばらくするとさきほどのウェイトレスさんがほかほかに焼いたパンを二個ずつ持ってきてくれた。 「このくらいなら、食べられるかな?」 まだ顔が青白いみつこさんにきく。 「うん」 なんとか食べられそうなので、二人でもぐもぐとパンを食べる。そうしているうちに列車は長万部に停車した。 「長万部って有名だよね」 みつこさんが食べながらいう。 「そうかねえ」 鉄道おたくにしてみれば、ここで函館本線と室蘭本線が分岐し、函館本線は倶知安方面へと山を登るからその名が知られているのだが、みつこさんがなにで有名だといったのかはわからない。「おしゃまんべ」という音が日本の町としては珍しいので、どこかで聞いたことがあるように思ってしまうのだろうか。 |
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