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走れ!バカップル列車 第39号 寝台特急北斗星 |
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五 列車が速度を落とす気配で目が覚めた。 (ん? どこだろう) 夜行列車で目を覚ましたとき、必ず考えることはいまどこを走っているかということだ。起きあがり、窓の外をみる。 すでに空は明るい。下弦の月になりつつあるまだ楕円形をした月が、夜が明けたばかりの空にぽかんと浮かんでいる。時刻は朝4時13分ごろ。昨夜は午前○時四十五分ごろ一ノ関に停車したときに目が覚めただけで、あとはずいぶんと寝てしまった。みつこさんもなんどか目が覚めたようだが、いまは眠っている。 私が窓をのぞいたとき、列車は原っぱのようなところを走っていたが、やがて倉庫や工場のような大きな建物が並ぶようになり、頭上に大きな陸橋が架かっているところでぴたりと停まった。手前には線路が何本も敷かれていて、コンテナをたくさん積んだ貨物列車が並んでいる。ホームも何もない。「北斗星」はその何本も並んでいる線路の一本に停車した。時刻と周りの景色から推測すると、ここが青森信号場なのだろう。 寝台特急「北斗星」は旅客が乗るところは動力がついていない客車で、先頭に機関車を連結してやっと走れるようになる。機関車の担当は三区間に分かれていて、上野〜青森間は高速走行用の赤い電気機関車、青森〜函館間が青函トンネル通過のため塩害対策を施したエンジ色の小さな電気機関車、函館〜札幌間は青いディーゼル機関車、というように三種類の機関車を交換させながら走る。 青森での機関車交換は、当初はいったん青森駅のホームに入線して作業をしていたが、三年ほど前から青森駅工事のためにその方法はやめて青森駅から外れたところにある青森信号場で機関車を交換するようになった。なんだか出入禁止をくらったような感じだが、いまこの列車が停まっているのは、きっと上野から引っ張ってきた機関車と青函トンネル用の機関車を交換するためのものだ。夜明けの青森はしんとしていて物音ひとつしない。遠くで「ピーッ」と汽笛が鳴った。 列車は六、七分停まり、再び発車したのは4時20分ごろだった。数百メートル進んだ先に上野から「北斗星」を引っ張ってきた赤い機関車が停まっている。長距離の任務を終えてほっと一息ついているところだろうか。 「北斗星」は青森信号場を出たあと単線の津軽線に入る。 私はまたベッドに寝転んでうとうとする。みつこさんはまだすやすやと眠っている。しばらく走ったところで列車はまた停止した。時刻は4時45分ごろ。こんどは駅だ。部屋の窓からはなにも見えないので、ドアを開けて通路の窓から外をみる。真正面から朝日が差し込んでまともに目を開けられないほどだ。こちら側にはホームがあって、「かにた」と書いた駅名標が立っている。 ここが蟹田か、と思う。駅の周りはだいたいが野原で、車窓からは民家はほんの数軒しか見えない。昨夜の親切な車掌さんは、ここでJR北海道の車掌と交替するという。乗務を終えた車掌さんたちの姿が見えないかと、しばらく窓の外を眺めていたが、結局誰の姿も目にしないまま列車は再び発車した。 蟹田の次の中小国(なかおぐに)を過ぎると線路は突然二股に分かれる。いっぽうは昔ながらのローカル路線津軽線で、津軽半島の先端近くの三厩(みうまや)が終点になる。もうひとつは青函トンネルを抜ける海峡線で、線路はいきなりここから複線になる。長大トンネルとその前後だけは、まるで新幹線かのような高規格路線に変身するのだ。 列車は早朝の津軽半島を快走する。周辺は草木の緑一色で、緑の絨毯が丘や野原に敷き詰められたかのようだ。津軽線と海峡線は別線ながらもしばらくは未練がましく近づいたり離れたりもつれ合ったりしながら走るが、津軽今別という駅(津軽線には近くに津軽二股がある)を過ぎるといよいよ愛想が尽きた感じで互いに別の道を歩んでいく。津軽線は三厩に向かい、海峡線は大小のトンネルに入ったり抜けたりしながら、青函トンネルに向かう。 昨夜の車掌のアナウンスでは「北斗星」が青函トンネルに入るのは5時7分ごろ、出るのは5時45分ごろとのことだった。その5時7分が刻々と近づいている。 トンネルに入った。「おや、青函トンネルか?」と思ったがすぐに出てしまった。それまでにもけっこう長いトンネルはあったが、津軽今別を通過するまでは青函トンネルとは思わない。でもここまでくると、「次は青函トンネルか」とトンネルに入るたびにどきどきしてしまう。 いくつか小さいトンネルを抜け、まだかまだかと思っていると線路脇に公園のようなものが見えた。次に入ろうとするトンネルは坑門がやけに立派だ。 (これかな?) 思っている矢先に坑門はみるみる近づき、その脇に掲げられているトンネル名には「青函」とあった。 「これだ!」 時刻はちょうど5時7分。列車はぽっかり口を開けた深い闇へと突進した。 小さなトンネルを出入りしている間にみつこさんも起きてきて、一緒に外をみていた。入った瞬間、隣のみつこさんに叫ぶ。 「みちゃん、青函トンネル入ったよ!」 「おおっ!」 列車は暗闇の中を猛スピードで駆け抜ける。ゴーという轟音が車内に鳴り響き、蛍光灯の青白い光が時折ちか、ちか、と一定の間隔を置いて窓のすぐそばを走り過ぎてゆく。 轟音と光の点滅のほかはトンネルの中はいたって単調だ。窓の外を見るでもなく、ぼんやりしていたら、トンネルが突然分岐して、もうひとつの明るいトンネルが左にカーブしていくのが一瞬だけ見えた。なんだろうと思うまもなく過ぎ去ってしまったが、保守基地のような施設だろう。保守基地に限らず、青函トンネルは本坑以外にも先進導坑や立坑、斜坑など周囲にこうしたトンネルがたくさん掘られている。 そのあとはまた寝転んでしばらくぼんやりしていたが、トンネル出口予定時刻の5時45分が近づいたので起き上がると、窓の外が次第に明るくなってきた。 「もうすぐ出るよ」 次の瞬間、「北斗星」は青函トンネルを抜けた。予定の5時45分ぴったりだった。 「北海道だよ、みちゃん」 「うん」 車窓は津軽半島とさほど変わったようには見えない野や山が緑一面になってどこまでも広がっている。谷の真ん中には細い川が流れていて、並行する道路の青い橋も見えた。細長い雲が朝日を受けて白く輝いている。函館までおよそ五十キロ。寝台特急「北斗星」はそれまでと変わらぬペースで早朝の渡島半島を走り続ける。 |
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