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走れ!バカップル列車 第39号 寝台特急北斗星 |
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四 食堂車「グランシャリオ」のディナータイムは十九時四十五分からである。蓮田を通過したのがちょうど四十三分ごろだったので、待ちきれないみつこさんと私は部屋を出て、七号車に向かった。 九号車に入り厨房脇の通路を抜けると、突き当たりの扉に「GRAND CHARIOT」のプレートがある。扉を開けると水色のブラウスを着たウェイトレスが私たちを迎えてくれた。予約券を渡すと「こちらです」とテーブルまで案内してくれる。すでに二組ほどの先客がいた。 車内は通路を挟んで右側に二人テーブルが五列並んでいる。一人ずつ向かい合わせに座るようなカタチだ。そして左側は厨房からいちばん遠い車端の一列だけが二人テーブル、あとの四列は二人ずつ向かい合わせになる四人テーブルである。右側手前にある厨房側の二人テーブルだけは車内販売用のグッズが置いてあって、食事用には使われていない。 私たちが通されたのは右側の車端から二番目の二人用テーブルだ。なかなか席に着かず、「すごいねえ」などとテーブルの周りをきょろきょろしていたら、向こう側の二人席にいたご主人が写真を撮ってくれた。 夕食は初フルムーンなので奮発してフランス料理フルコースである。テーブルには銀のフォークとナイフ、紺の縁取りが入った小皿にはバターが載っている。席の真ん前には筒のようにきれいにたたまれたナプキンが立っていて、その手前にメニュー表がある。きょうのコースはこんな内容だ。 〜サラダ仕立てのオードブル〜 アスパラガス フルーツトマト 帆立貝と蟹のサラダ バルサミコ風味 〜魚料理〜 平目の湯葉包み蒸 バジルのムスリーヌ添え 青森産ニンニクのクリームソース 〜肉料理〜 牛フィレ肉のソテー 温野菜添え 赤ワインソース 〜デザート〜 特選デザートとフルーツの盛り合わせ ・プチパン・コーヒー まずビールとオレンジジュースを注文して乾杯。おいしいビールを飲んでいるうちに周りのテーブルにも次々と客がやって来て、食堂車は瞬く間に満席になった。二組の夫婦が四人掛けに相席になるテーブルもあるくらいだ。 客同士の話し声で車内がほどよく賑やかになったころ、次々と料理が運ばれてきた。走行中の車内は、けっこう揺れるのにウェイトレスは二つの皿を軽やかに手に持って、なにごともなく各テーブルにお皿を運ぶ。 料理は列車という限られた空間でつくられたものとはとても思えない味だ。 オードブルは魚介と野菜をさっぱりとしたバルサミコ酢がまとめていたし、クリーミーな湯葉に包まれた平目はバジルが味を引き締めている。牛フィレ肉はびっくりするほどやわらかく、濃厚な赤ワインソースがフィレ肉にほどよく絡んで深い味わいを見せていた。 「おいしいね」 「うん、おいしい」 そしてみつこさんがしみじみという。 「ひろさん、よかったね」 「なんだか罰が当たりそうだなぁ」 「そんなことないよ」 私たちが食べて、話している間も「北斗星」は軽快に走り続ける。平目を食べているころに宇都宮に到着。牛フィレ肉を平らげたころに黒磯を通過していた。 「もうなにもみえないね」 駅を通過してしまえば窓から見えるものは深い闇だけで、ときどき家の軒先の灯りが寂しげに去ってゆく。 チョコレートケーキにアイスクリーム、フルーツをたっぷり食べ、紅茶をゆっくり飲めば、列車はもう新白河を通過している。満ち足りた時間はあっという間に過ぎて、時計を見るともう九時半を過ぎている。食堂車の客も二、三組になってしまったので、私たちも部屋に戻ることにした。 部屋に戻った頃合いを見計らっていたのか、まもなく検札のときの車掌さんが帽子を脱いでやって来た。この車掌さん、五十代も後半であろう年齢だが、とても腰が低くて親切なひとだ。いったんドアをノックして私たちが部屋にいることを確認すると、「では、すぐに持って参ります」といって姿を消した。一分もしないうちに戻ってきて、こんどは追加の毛布、枕、浴衣とアメニティグッズを一式持ってきてくれた。補助ベッドのセットも車掌さんにお願いする。 「まず、こちらの椅子をテーブル側に押し込みます」 窓際にある椅子をよけて補助ベッドを出すスペースをつくる。私たちは作業の邪魔になるといけないので、部屋の外に出た。 「補助ベッドは、この下にあります」 もともとのベッドの下にもうひとつ補助ベッドがあって、それを手前に引き出した。車掌さんはぜんぶ自分でやってしまうのに、補助ベッドのセットのしかたを手順を踏んで説明してくれる。 「次に真ん中のレバーを押して、高さをこちらのベッドと同じ高さにします」 すーっともうひとつのベッドがあがってきて、あっという間にダブルベッドのような二人用寝台ができあがった。 「シーツは、いま折りたたんだ状態になってますので、広げて使ってください」 車掌さんはそういって帰ろうとする。私は親切な車掌さんに思わず尋ねた。 「どちらまで乗務ですか?」 「蟹田です」 そう言われて、「ああ……」としかいえなかった。蟹田は青森の先三○キロほどの津軽線の小さな駅で、停まるのはおそらく早朝五時前だろう。乗客は乗り降りできない運転停車だから、時刻表にも停車時刻は載っていない。 もうこの列車内では車掌さんとお会いできる機会もなさそうなので、私は深く頭を下げて「ありがとうございました」といった。 車掌さんに言われたとおりにシーツも敷いて、二人用寝台を完成させた。 「広いね」 みつこさんと二人でごろんと横になってもぜんぜん狭くない。そのまま仰向けになって天井をぼんやり見つめる。 「こんなすごい個室で、食堂車の料理もおいしくって、なんだか罰が当たりそうだね」 さっきの台詞をまたいうと、みつこさんは言う。 「たまにはいいんだよ」 「そうかねえ」 満腹になったまま横になって、列車の適度な揺れに身を任せているとなんだかものすごく眠くなってきた。みつこさんも目がとろんとしている。 「寝ちゃうか」 「そうだね」 列車は郡山を過ぎたばかりで、まだ夜十時にもなっていないが寝ることにした。 東北本線の黒磯から仙台までの区間は山がちで、カーブと坂道が多い。「北斗星」はコーコーと音を立ててカーブを右に左に曲がっている。その音を聞きながら、私たちはいつしか眠ってしまった。 |
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