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走れ!バカップル列車
第39号 寝台特急北斗星



   三

 一か月が経ち、二○○九年六月十一日になった。いよいよきょう、みつこさんと私は寝台特急「北斗星」でフルムーンの旅に出る。二人で上野駅にやってきたのは十八時三十分を回ったころだ。正面玄関の改札口からまっすぐ歩いて十三番線に向かった。
 ホームは一つ前の東北線普通列車が発車したばかりで、「北斗星」の客車は入線していないが、大きな荷物を抱えたおじさん、おばさん、おねえさん、鉄道おたくと思しきおにいさんたちがちらほらと現れはじめている。
 構内アナウンスが列車の入線時刻は18時50分ごろになると伝えている。鶯谷寄りのホーム先端付近まで行って、みつこさんと並んで待機する。待つあいだに先端付近のホーム脇ドアからコックさんやウェイトレスたちが出てきたので少々驚く。食堂車のクルーはこんなところから出てくるのか。
「業務放送。回送1列車接近!」
 突然、構内アナウンスの声が天井に響いた。
「回送1列車ってなに?」
 ビデオをかまえる私にみつこさんが訊いてくる。
「下りの『北斗星』は列車番号が『1』なんだ。そしてその列車の回送のばあいは、もともとの列車番号の頭に『回送』ってつけるから、『回送1』列車になるの。それが接近っていってるから、もうすぐ『北斗星』がくるんだよ」
 そう言う間もなく、回送『北斗星』は鶯谷方向からゆっくりとやって来た。
「きたぞ!」
 みつこさんがデジカメを、私がビデオカメラを手に持つ。ブルートレインは速度を落としながら近づいてきて、一番手前が電源車、そして寝台車や食堂車が十一両続き、最後に赤い機関車が姿を現して、定位置に停止した。
「機関車、うしろについてるんだね」
 みつこさんが驚いていう。
「上野駅はホームが行き止まりになってるから、尾久の車庫からずっとバック運転で来るんだよ」
「そうなんだ」
 赤い機関車の周りにはカメラをかまえた鉄道おたくのおにいさんたちが群がり、いろんな角度からシャッターを切っている。私たちはひととおりカメラに収めるとぷらぷらと列車後方、御徒町寄りに歩きはじめた。一号車、二号車……と開放型B寝台、個室B寝台などの車両がつながっている。
 みつこさんの注目はやはり七号車の食堂車だ。一か月前と同じように窓からしげしげと室内をのぞいている。ちょうどウェイトレスたちがてきぱきとテーブルの準備をしているところだ。
「わしらの席はどこだろうね」
「わからんなあ」
「でも、この中のどこかにあるんだよね」
「北斗星」で一番豪華な個室「ロイヤル」は、九号車と十号車に二部屋ずつある。私たちが一晩を過ごす部屋は、九号車の二番である。さっそく車内に乗り込む。
「うわぁ、けっこう広いね」
 二人であちらこちらをきょろきょろと見渡す。
「すごいよぉ……」
 雑誌に載った写真などで、ある程度は想像していたが、思いのほか、広い。寝台のある居室はおよそ二メートル四方で、大きな一枚のガラス窓にはドレープカーテンとレースカーテンがかかっている。ベッドは進行方向にむいて座れるよう、枕木方向(レールと垂直方向)に配置されていて、窓際には小ぶりだがテーブルと椅子が一つずつある。
「ここはなんだ?」
 椅子の脇にバスマットが敷かれていて、みつこさんがその向こうの折り戸を開ける。
「そこはシャワー室じゃないか?」
「あ、ホントだ」
 折り戸を開けると半畳ほどのスペースのシャワー室がある。ここはかなりミラクルな構造になっていて、折りたたみ式の洗面シンクと洋式トイレがある。腰の高さの取っ手を引き出すとシンクが出てきて、膝のあたりの取っ手を引き出すとトイレが出てくる。
「ちょっと無理があるけど、ちゃんとトイレになってるね!」
 限られたスペースでいろんな機能を盛り込む工夫がなされている。トイレットペーパーはシャワーの水で濡れないように小さなフタを開けたところに隠れていた。
 二人で室内のあちらこちらを見渡しているうちに定刻19時03分になった。
 ホームの発車ベルが鳴りやみ、ぷしゅーっとドアの閉まる音が聞こえた。
「発車するよ」
 しばらくしてガクンと揺れる。
「あ、動いた」
 ホームがゆっくりと後ろに動き出す。発車の合図をした駅員、見送り客、鉄道おたくのおにいさんたちの姿が窓の外をゆっくりとかすめる。
 札幌まで十六時間十二分、寝台特急「北斗星」の旅がいまはじまった。

 列車は上野駅のホームを出ると暗いガード下を抜け、鶯谷のカーブのあたりで地上に顔を出す。車掌が途中駅停車時刻のアナウンスをはじめる。日暮里を過ぎ、車両基地のある尾久まで来るとスピードもだいぶ出てくる。
「失礼しまぁす。ウェルカムドリンクのお届けです」
 食堂車のウェイトレスさんが銀のお盆にウィスキー、ワイン、緑茶、ミネラルウォーター、グラス、氷など一式載せて、この部屋まで運んできてくれた。
「ああ、はいはい……」
 あまりにとつぜんのことなのでびっくりしながら返事をする。銀のお盆は窓際のテーブルに置いてもらった。車内が揺れる中、こんなに重いものを持ってきてもらって恐縮してしまう。
 ウェイトレスさんによれば、ウェルカムドリンクをいただけるだけでなく、翌朝にはコーヒーか紅茶と新聞まで届けてくれるという。それは明日の朝七時半に持ってきてもらうようお願いする。
 窓の外には、見慣れた王子の街の灯が夕暮れの空の下を流れてゆく。運ばれてきたニッカウィスキーを早速飲むことにした。
 浦和を過ぎたところで車掌が検札に来て、部屋のカードキーを渡してくれる。このキーがあれば食堂車へ行くときなど二人揃って部屋を空けることができる。
「補助ベッドはいかがしますか? こちらでセットいたしましょうか」
「ロイヤル」はもともと一人用個室だから、二人で乗車するときは補助ベッドを使う。二人ともセットのしかたがわからないので、夕食後に車掌さんにセットしてもらうことにした。
 日の長い季節だから七時ではまだ明るかったが、大宮を出発するころにはすっかり暮れてしまった。列車は暗闇の東北本線をひたすら北上し続ける。



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