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走れ!バカップル列車
第39号 寝台特急北斗星



   二

 みつこさんと私の初フルムーンは、寝台特急「北斗星」に乗って旭山動物園に出かけるという旅になった。出発は二人の年齢の合計が八十八歳になり、なおかつ土日を挟んで無理なく五日間の旅程が確保できる日を選んで六月十一日に決まった。
 出発日のちょうど一か月前となる五月十一日の朝、私は上野駅の「みどりの窓口」へと向かった。一列車内に四部屋しかない「ロイヤル」というグレードのいちばん高い個室の寝台券を買うためである。
 JRの指定券は乗車日一か月前の午前十時から発売開始となる。人気列車ともなれば、駅員が十時の時報と同時にコンピュータのボタンを押しても切符が取れないという。私も狭き門である「ロイヤル」の購入ボタンを時報とともに押してもらうため、窓口には九時半ごろに着いた。希望列車名と乗車日、連絡先などを書いた申込書を渡して窓口をあとにする。私にできることはここまでで、あとは駅員さんがボタンを押し忘れないことと、運次第だ。結果は十時過ぎには出るだろうがその日のうちに窓口に赴いて切符を買えばいいことになっている。

 夕方また上野駅にやってきた。「北斗星・ロイヤル」の切符がとれたかどうか、どきどきしながら窓口に向かう。寝台券が取れていたらフルムーンパスも買いたいので、みつこさんにも来てもらうことにした。
 山手線・京浜東北線のホームから正面玄関の改札口へ向かう途中、出発列車の案内板をみたら「北斗星 19:03 札幌」の文字が目に入った。時刻は七時ちょっと前である。
「みちゃん」
「なに」
「いま十三番線に行けば、『北斗星』がいるよ。見にいく?」
「おお、行こう」
 上野駅の十三番線から十七番線までは正面改札口から水平につながっている、頭端式とか櫛形とか呼ばれるホームで、ヨーロッパの主要駅によくあるタイプだ。
 みつこさんと二人、よたよたと階段を降りる。左に曲がった奥の方に十三番線がある。常磐線ホーム(十一・十二番線)がちょうど頭上にあって、昼間でさえ薄暗いところだが、「北斗星」と「カシオペア」はこのホームから出発する。
 歩いていくと青い車体に金帯を三本巻いた「北斗星」の客車が見えてきた。一番手前の電源車が放つ「ゴー」というディーゼルエンジンの音が低い天井に響いている。
「おお、北斗星だねえ」
 みつこさんが格子窓から荷物室の中をのぞいている。電源車の前半分は荷物室になっているのだ。
「なにかあった?」
 私もみつこさんの横から荷物室をのぞく。
「函館って書いてある」
「あったね」
「これに乗って函館にいくんだね」
「そうだよ」
 前のほうにぷらぷらと歩いて行く。いまから「北斗星」に乗る人、見送る人、私たちみたいにただ見に来た人、いろんな人がホームを行き交っている。
「レストランはどこ?」
「もう少し前のほうだよ。あ、あの屋根の低い車両……」
「北斗星」の食堂車は特急電車として使われていた車両をブルートレイン用に改造したものなので、屋根が前後の寝台車と比べて低く、平らになっている。
「ここだよ」
「もう食事の用意をしてるね」
 淡い光を放つテーブルランプの下にナプキン、フォーク、ナイフがセットされている。食堂車にみつこさんは興味津々で、いつまでも窓から車内をのぞき込んでいる。
 発車時刻が来た。列車がゆっくりと動き出す。そうして二人で一か月前の「北斗星」を見送る。
「食堂車のひとがこっちにおじぎをしていたよ」
 私はうっかりしていたが、みつこさんは見たらしい。
「いまでもやってんだ……」
 食堂車のクルーが列車の始発駅発車時にホームに向かって最敬礼するのは国鉄時代からの伝統である。日本の食堂車はいまや「北斗星」「トワイライトエクスプレス」「カシオペア」の三列車にしか連結されていないが、そんな現在でも昔からの伝統が守られていることを知って、なんだか少し救われたような気分になる。
「北斗星」を見送った私たちは改札口を出て、どきどきしながらみどりの窓口へと向かった。朝に指定券を頼んでいたことを告げると、窓口のおにいさんは奥の方に行ってまた戻ってきた。
「とれてましたね」
 おおっ! と二人でよろこぶ。切符を見るとまちがいなく「北斗星号」「ロイヤル」 「9号車 2番 個室」と印刷されている。内容を確認してこの寝台券を買うことにする。寝台券が取れて出発日も変更がないことになったので、「フルムーン夫婦グリーンパス」も合わせて購入する。二人の運転免許証を見せると、おにいさんはしばらく私たちの免許証をじっと見つめ続けた。
「これで……お二人で八十八歳ってことで、いいんですよね?」
 なにか不都合でもあるのかとどきどきしていたので拍子抜けである。
「はい、乗る日には八十八になってます」
 そういうと、おにいさんはコンピュータをてきぱき操作して、あっさりとフルムーンパスを機械から出した。ほとんど自己申告に近いが、ウソはついていない。そして、予約制になっているフランス料理フルコースの食事券も二人分買っておく。
 切符はぜんぶでものすごい枚数になった。わさわさとした切符の束を袋に入れて、みつこさんと二人、浮き浮きした気分になって上野駅をあとにした。



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