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走れ!バカップル列車
第39号 寝台特急北斗星



   一

「フルムーン夫婦グリーンパス」は、JR全線のグリーン車、普通車指定席、B寝台、宮島航路が有効期間中乗り放題になるというトクトクきっぷである。有効期間の長さによって五日間用(八万五百円)、七日間用(九万九千九百円)、十二日間用(十二万四千四百円)があって、利用者が乗りたいときに自由に旅行期間を決めることができる。ただし利用期間は毎年十月から翌年六月までとされていて、年末年始やゴールデンウィークなど混雑する期間は利用ができない。
 この切符の最大のポイントは、夫婦の年齢を足して八十八歳以上であれば誰でも利用できるいうところだ。
「フルムーン」という名のとおり本来は中高年夫婦の利用を想定している商品だし、八十八という数字は米寿を想起させるので、かなり歳をとらないと使えないんじゃないかと決めこみがちだが、そんなことはない。「足して」八十八ということはたとえば、夫、妻ともに四十四歳ならば使えるのである。四十四歳というのは意外に若い。
 私はみつこさんと結婚したとき、二人の年齢を足した数字がいつ八十八になるのかすぐに計算した。この計算は将来のこととはいえ、推計とか予測とかの誤差が生じる余地はまったくない。まことに単純な計算ながらとても正確に結果が出ることになっていて、答えは二○○九年六月であることがわかった。二○○九年六月になれば、みつこさんと私は「フルムーンパス」でグリーン車乗り放題の旅に出られる。それ以来、私はこの日がくるのを何年も前から指折り待っていたのである。
 この記念すべき初フルムーンの旅に出るにあたり、目的地をどこに決めるかは最大の悩みどころであり、最大の楽しみである。
「みちゃん」
「なに」
「来年の六月はいよいよフルムーンの旅だよ」
 去年の紅葉のころから、そんな話をしている。
「そうだね」
「みちゃん、どこ行きたい?」
「うーん……」
 いきなり漠然と訊かれてみつこさんは困っている。
「みちゃん、旭山動物園いきたいっていってたよね?」
「ああ、行きたい、行きたい!」
 その一言で、まず目的地は北海道の旭山動物園ということになった。旭山動物園は泳ぐペンギンや、白くまのダイビングなど活き活きとした動物の展示手法で話題を呼んでいる旭川市営の動物園である。このときはそれだけ決めて、話はしばらく止まったままになった。

 年が明けて桜の季節になった。そろそろ往きと帰りの列車を決めないといけない。
 せっかくのフルムーン旅行なのだから、片道だけでも食堂車を連結した寝台特急で行きたい。そんな話をふたたびみつこさんに持ちかけてみた。
「寝台特急ってどんなのがあるの?」
「上野からは『北斗星』と『カシオペア』ってのがあるよ。これは朝とか王子の駅を通過しているから見たことあるでしょ」
「うん、あるある」
「ほかにはね、大阪から『トワイライトエクスプレス』ってのがあるんだ。これはA寝台の個室でいちばん豪華なのがあるんだよね。食堂車もついてるよ」
「大阪!? 北海道行くのに大阪に行くの?」
「フルムーンパスは全国のJRに乗れるんだから、北海道に行くために大阪に行くってのもありなんだよねぇ」
「ええ〜!?」
 みつこさんはあからさまに嫌そうな顔をする。
「だめかなぁ。北海道に行くために大阪に行くっての」
 言いながら、寝台列車の車内の様子を紹介した雑誌をみつこさんに見せたりする。さいきんは鉄道がブームになっているのか、一般的な雑誌にも鉄道の旅を特集するものが多い。
「これが『トワイライトエクスプレス』のいちばん豪華な部屋……」
 そういって、列車最後尾にある展望室付き個室寝台「スイート」の写真を見せる。この部屋は最後尾にあるという位置関係から列車内に一つしかないもので、人気も一番高く、寝台券はプラチナチケットとまでいわれている。
「うーん……」
 みつこさんはその写真をしげしげと見ている。そして言った。
「こんどにしようよ」
 やはりと言うべきか「トワイライトエクスプレス」は却下になってしまった。「こんど」がいつになるかは気になるところではあるが、今回は大阪発はなくなった。
「じゃあ、『北斗星』か『カシオペア』だね」
 若干落胆しながら残された選択肢を確認してみる。
「ひろさんはどっちがいいの?」
 一番乗りたいのが「トワイライトエクスプレス」なんだけど、といいたいのは抑えて「やっぱ『北斗星』かな」と答える。
「北斗星」「トワイライトエクスプレス」「カシオペア」の三列車の中で、唯一私が乗ったことがあるのは「北斗星」なのだが、この列車にはやはりもう一度乗っておきたい。
 寝台特急「北斗星」は、一九八八(昭和六三)年三月の青函トンネル開通と同時にデビューした列車である。行先方向幕に「札幌」の文字を初めて見たときの衝撃はいまも忘れられない。それまでどんな列車も青森止まりで、あとは青函連絡船に乗るしかなかったのに、それより北へ列車が走るのである。
「北斗星」にはもうひとつ話題があった。車両は24系という従来型客車を改造したものだが、それまで簡素な内装でしかなかった寝台や食堂車に洋風の装飾が施され、人気が凋落していた夜行列車の概念を一気に覆したのだ。
 たとえばA寝台個室「ロイヤル」は広々とした室内にベッドとテーブル・椅子、シャワー室を完備しているし、食堂車「グランシャリオ」は落ち着いた内装に雰囲気のあるテーブルランプなどを備え、七千円もするフランス料理のフルコースで客を迎えた。いままでの日本の列車にはなかった上質のサービスは当時から話題を呼び、個室寝台はもちろん、開放型B寝台も含めて満席になるほどだった。定期列車(毎日運転)二往復でスタートした運転本数は、一年後の一九八九年には定期列車三往復となり、大阪発の「トワイライトエクスプレス」も「北斗星」に追随するようなかたちで運転を開始している。寝台特急「北斗星」は、いまもてはやされている「豪華寝台列車」の草分け的存在なのだ。
 しかしそこまで人気を集めた「北斗星」にさえ、ブルトレ廃止の波は迫っている。「北斗星」に乗っておきたいもうひとつの理由は、廃止になってしまう危険性が高くなっているからである。
 いまから十年前の一九九九年七月、銀色車体の新型車両で運転される同区間の寝台特急「カシオペア」が登場し、「北斗星」はそれまでの三往復から二往復へと減便された。毎日運転の列車でないとはいえ、「カシオペア」を足せば一応三往復といえなくもないので、この減便はまあ納得はできる。
 ところが昨年二○○八年三月のJRダイヤ改正では、二往復から一往復へとさらに減便されてしまった。青函トンネルに新幹線を通す工事のためだといわれるが、なんとなくとってつけたような理由に見えてしまう。このままいけば北海道新幹線が二○一五年に開通するときには間違いなく「北斗星」は廃止されてしまうだろう。いや、それまで持つかも疑わしい。
 ブルーの客車も老朽化がかなり酷い。カシオペア型など新製車両が補充されなければ、「車両の廃車=列車の廃止」となる可能性も充分にありうる。



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