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走れ!バカップル列車
第27号 0系こだま



   二

 二○○八年二月二日、インタビューに答えているうちに動きはじめてしまった寝台急行「銀河」を名残惜しく見送ったあと、私たちは新大阪まで戻ることにした。
 八番線から7時39分発の快速野洲行きに乗り、7時43分に新大阪に着いた。
 駅構内の売店で朝ごはん用の弁当とサンドウィッチを買う。
「こだま639号」は、二○番線から発車する。「のぞみ」が発着するホームからは階段の位置もちょっとはずれたところにあって、若干辺鄙な雰囲気が漂っている。
 ホームに出ると、0系「こだま」はすでに入線していた。
 車体は、デビュー時とは違った色に塗り替えられ、明るいグレイ地に、濃いグレイと黄緑色の帯が配されている。しかし、車体のカタチはまぎれもなく0系だ。もう東京では見ることができない、懐かしい新幹線である。
 先頭車前方は流線型のボンネット。一番前に大きな口にも見える丸いカバーがあり、左右に一つずつ、ヘッドライトにもテールライトにもあるライトがついている。ボンネットの上には運転席の窓ガラスがある。中央に一本鼻筋が通っていて、左右二枚の大きな窓に分かれている。運転席の横には引き戸になっているガラス窓が左右に二枚ずつある。
「うわぁ、丸っこくてかわいいねえ!」
 みつこさんが、0系を眺めてしきりに「かわいい」と言う。
 0系が引退するのは秋だから、まだ「銀河」ほど注目は浴びていない。それでも鉄道おたくと思しき青年が一人、二人とホームに現れ、写真を撮っている。
 0系「こだま」は六両編成で、四号車だけが普通車指定席、ほかの車両はすべて自由席である。グリーン車はないが、東海道新幹線とは違い、座席は通路を挟んで左右どちらも二席だけだから、ゆったり座ることができる。
 一番前の一号車に乗ろうとデッキから車内に入ると、ここは喫煙車で、みつこさんが「においがイヤだ」というので二号車へ移ることにした。車内は空いていて、乗客は鉄道おたくが三組だけ。そのうちの一組が私たちである。
 8時9分になった。「こだま639号」が静かに動きはじめる。
 新幹線は高架線を走ってゆく。左側の高架下に宮原の車庫が見える。大阪駅の控え室のような車庫で、東海道線・山陽線・北陸線・福知山線などを走る列車の電車、客車、機関車が数多く停まっている。
「みちゃん、電車がたくさん並んでるよ」
「あ、ホントだ。いっぱいあるね」
 大阪駅から回送された「銀河」の客車と機関車もここで休んでいるはずだが、見つからない。
「あれ、なあに」
 みつこさんが、深緑色の車体の機関車を指さす。
「あれは『トワイライトエクスプレス』の機関車だよ」
「どこ走ってるの?」
「『トワイライトエクスプレス』は大阪から札幌まで走るんだ」
「ふうん、すごいね」

 スピードが出てきて、「こだま」は快調に走り続ける。
 弁当を食べはじめる。みつこさんはあちらこちらの店を見比べてさんざん迷って決めたなんの変哲もないサンドウィッチ、私は「大阪弁VS博多弁」という揚げ物と筑前煮が一緒に入っている弁当である。
 サンドウィッチをほおばりながら、「トンネルばかりだな」とみつこさんが言う。たしかにさっきから真っ暗で、トンネルを出たと思ったら新神戸に着いた。さっきのトンネルは六甲トンネル(一六二五○メートル)ということになる。長いわけだ。
 西明石で一○分停車。きょうの朝、品川駅・東京駅を出た「のぞみ99号」と「のぞみ1号」に追い抜かれる。
 左の窓には街並みの向こうに海が見える。明石海峡だ。その向こうには淡路島が薄墨色のかたまりになって浮かんでいる。
「くもってるねぇ」
 みつこさんが言う。「銀河」で着いたときから関西地方は雲が低く垂れ込めた、どんよりしたお天気である。からっと晴れていれば淡路島だってもう少しすっきり見えただろう。
 姫路に近づく。高架線の下に山陽本線の電車が行き交っている。
「あ、新快速だ」
 私が言ったのを聞いて、みつこさんが訊く。
「あれも新幹線なの? 新幹線にみえないね」
「新幹線じゃないよ。新快速だよ。しん・かいそく」
「そうだよね。おかしいと思ったんだ」
 新幹線に見えなくて正解なのである。
「あっちに姫路城が見えるよ」
「ほんとだ」
 姫路では、新大阪を出てから初めて、鉄道おたくでないふつうの乗客が乗って来た。ぱらぱらとやってきて車内は二○人ぐらいになった。
 姫路を出たら、すぐに相生に着いた。いつの間にか居眠りをしていて、気がついたら岡山に着いていた。岡山では一二分停車し、「ひかり393号」と「のぞみ3号」に抜かれる。
 岡山発は9時42分。すべるように走り出す。
 0系が発車するときの感覚は、誇張ではなく本当にすべるようで、ときどき、ホームが逆方向に動いているだけのように感じることがある。この感覚は技術が発達しているはずの100系以降の車両にはないものだ。
 加速、減速するときは、床下が「ガクンガクン」と鳴る。幼いころから新幹線といえば0系で、そのころから聞き慣れていた音だから当たり前のように感じていたが、この音も改めて考えてみれば新型の新幹線からは決して聞こえてこない音である。当たり前のように感じていたのに、気がついてみれば久しぶりのもの。懐かしさというのは、こういうところに隠れているのかもしれない。
 トンネルに入ったり抜けたりして、新倉敷に着いた。四分停車する。反対側のホームには100系「こだま」が停車していて、東京行きの500系「のぞみ10号」が通過する。こちら側は「ひかりレールスター453号」が通過して行く。
 0系「こだま」は、続く街並みとトンネルを走り抜けてゆく。晴れていれば山陽地方独特の明るい野山が車窓に広がるのだが、きょうはいまにも雨が降りそうな空模様で、ふだんよく目にする明るさはない。
 福山でも四分停まる。通過列車はない。東京6時26分発の臨時「のぞみ171号」の運転日なら、この四分の停車中に「こだま639号」を追い抜くのだが、きょうは「のぞみ171号」は運転されないので、ただ無駄に停まっているようにみえる。
 臨時列車や季節列車のために、あらかじめ列車が通る時間帯(ダイヤ)を用意しておくことがある。前後の毎日運転の列車も、その臨時列車が運転されることを前提に時刻を設定しておくのである。ダイヤグラムの専門家は列車のことを「スジ」と呼ぶことから、このような臨時列車のスジのことを「影スジ」と呼ぶ。
 通過列車もないのに「こだま」は停まっているが、福山駅にはこの四分の間に、目には見えない「影スジ」が通過しているのである。



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