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走れ!バカップル列車 第27号 0系こだま |
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一 東海道新幹線は、昭和三十九(一九六四)年十月一日に開業した。 東京と新大阪の間に、それまでの東海道本線に並行して専用の別路線が建設された。この新路線は列車を安全に高速で走らせるため、それまでの鉄道とはまったく異なる規格によってつくられた。たとえば、軌間は在来線(一○六八ミリ)より広い一四三五ミリとし、カーブ半径は一部例外を除いて二五○○メートル以上となっている。信号は地上には置かず運転席に標示する車内信号方式(自動列車制御装置)であり、横切る道路とはすべて立体交差して踏切をなくす、など数々の新方式が導入されている。 この新線専用の車両も同時に開発されている。モーターをすべての車両に設置する動力分散方式を採用、先頭車の形状は空気抵抗を極力少なくするため流線型とした。車体の色も従来の国鉄にはなかったもので、鮮やかな白い車体にブルーのラインを施している。その流麗なスタイルは、まさに夢の超特急が現実として姿を現したようであった。 この新幹線電車こそがまさしく0系電車である。 この電車にははじめから「0系」という名称が与えられていたわけではない。東海道新幹線開業当時は、先頭車とか、グリーン車とか、食堂車とか、個々の車両の区別をする番号は割り振られていたが、全体を表す系列名はなかった。デビューの翌年(一九六五年)に鉄道友の会からブルーリボン賞が授与されているが、そのときは「新幹線電車列車」と呼ばれていたはずである。一九八二(昭和五十七)年に東北・上越新幹線が開業し、グリーンの帯の200系電車が登場したときに、200系と区別するために0系という呼ばれ方が定着するようになった。 0系は一九六四年の開業以来、約二十三年間に渡って、およそ三千両が製造された。国鉄の経営悪化や労使問題などが原因ともいわれるが、マイナーチェンジがあったとはいえ、これほど長期にわたって同じ形式の車両が作られるのも珍しい。 東海道・山陽新幹線を走る車両を登場順に並べると次のようになる。 0系……………一九六四年登場(初代新幹線) 100系………一九八五年登場(初の二階建て車両) 300系………一九九二年登場(「のぞみ」運転開始) 500系………一九九七年登場(最高速度時速三○○キロ実現) 700系………一九九九年登場(現在最も多い「のぞみ」車両) N700系……二○○七年登場(車体傾斜システム採用) 0系は、200系や100系など、のちに登場する新幹線電車より流線型がゆるやかで、丸っこいカタチをしている。前から見ると口をあんぐり開けて眉をひそめる人間の顔のようにも見え、なんとなく人なつっこい感じだ。そんな印象もあってか、あるいは高速鉄道のパイオニアとしての功績が評価されているのか、0系電車の人気は依然として高い。この0系も一九九九年には東海道新幹線から姿を消していて、いまは山陽新幹線の「こだま」として余生を送っている。 もうひとつ、東海道・山陽新幹線を走る車両の中で、絶大な人気を誇るのは500系だろう。大阪〜九州間は航空機との競争が激しく、これに勝ち残るためにJR西日本が独自に開発した車両で、日本の鉄道ではじめて最高速度時速三○○キロでの営業運転を実現した。停車駅間の平均速度がフランスのTGVを抜いてギネスブックに掲載されたこともある。 500系電車の大きな特徴は先頭車の形状で、鋭い流線型をしている。0系が旅客機の形なら、500系は戦闘機の形ともいえる。見た目がなんといってもかっこよく、鉄道おたくだけでなく、小さな子供や女子にも人気がある。未来の想像図をそのまま現実のものとしたようなスタイルは見ているだけで、乗っているだけで、なんだかわくわくするような、そんな魅力を備えている。 ところが、500系が東海道新幹線に乗り入れてから十一年を経た今年(二○○八年)、最新型のN700系が大量に投入されることになり、500系は秋には東海道新幹線から撤退することになった。十六両編成で東京〜博多間を走っていた500系は、八両に短縮されて山陽新幹線の「こだま」に転用されるという。その影響で「こだま」として運転されていた0系電車は、十一月までにすべて500系に置き換えられる。最新型N700系の登場で、500系が山陽新幹線「こだま」となり、「こだま」の0系が廃止になるという、まるでドミノ倒しのようなことになる。 東海道・山陽新幹線を四十四年間走り続けた0系は、ついにこの秋、姿を消してしまう。 日本の鉄道を変え、日本の産業や経済を変えたともいえる新幹線0系がなくなってしまうとなれば、最後にもう一度、乗らないわけにはいかない。 寝台急行「銀河」で大阪に着いたあとは、新大阪まで一駅戻って0系「こだま」に乗っておきたい。いまでは時刻表にも列車ごとに使用する車両が書かれているから、0系の列車を選んで乗ることができる。 時刻表を見てみると、山陽新幹線の全区間(新大阪〜博多)を走る0系「こだま」は意外に本数が少ない。朝6時12分発の「こだま629号」と夕方16時16分発の「こだま669号」だけである。 「こだま669号」の博多到着は21時6分。二月だとまだ日が短く、岡山あたりから外は真っ暗になってしまうだろうから、この列車には乗らない。 「こだま629号」は、博多に着くのは10時29分で全区間が明るい時間帯だが、新大阪発が6時12分とあまりに早く、さすがの「銀河」でも間に合わない。 バカップル列車は、その列車の始発駅から終着駅まで全区間に乗ることを目標にしている。山陽新幹線は新大阪〜博多間であり、そのすべての区間で「こだま」は走っているが、列車によっては広島止まりや岡山始発などがあり、一部区間だけ運転する列車が多い。今回は広島止まりに乗ればいいのではないか。 もう一度時刻表を見直すと、8時9分の「こだま639号」が広島行きの0系で、大阪で急行「銀河」から下車したあと、新大阪まで戻って乗るにはちょうど良い時間帯であった。 広島まで乗れば、いちおう「こだま639号」の全区間に乗ったことにはなる。みつこさんにも相談して、「広島なら行きたい」とのことだったので、今回は「銀河」のあと、「こだま639号」に乗ることにした。 |
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