| リストに戻る |
|
走れ!バカップル列車 第24号 ホームライナー鴻巣3号 |
|
二 二○○七年六月二十六日になった。昼間は二人ともそれぞれ仕事をしているので、みつこさんと私は18時10分ごろ、上野駅の正面玄関で待ち合わせることにした。 私は待ち合わせ時間の少し前に上野駅に着き、「ホームライナー鴻巣3号」の乗車整理券を先に買うことにした。 乗車整理券は、当日になって発車するホームの自動販売機で買うようになっている。「3号」の整理券は 18時00分に発車する「ホームライナー鴻巣1号」が発車した後に発売されるので、その頃に8番ホームに行き、乗車整理券を買った。一枚500円である。そして正面玄関に向かえばちょうど待ち合わせ時間になる。 みつこさんと落ち合い、再び改札を抜けて、その先にある駅弁売り場を覗いてみた。みつこさんがあんまり良さそうなのがないと言うので、横にある駅のコンビニでおにぎりを買った。 そうして「ホームライナー鴻巣3号」が発車する8番ホームにやって来た。 9両編成の489系電車はすでに入線していた。昭和47年製造、おそらく地球を何周もするほどの距離を走り続けている車体は、いくぶん疲れているように見える。入口で乗車整理券を見せて、早速乗り込んだ。 乗ったのはかなり早い方なのだが、他の車両は人っ子一人いなくても、4号車だけは窓側の席がほぼ埋まりかけていた。それでもなんとか二人並んで座れる席をみつけてそこに座ることにした。 「ここ、座っていいの?」 みつこさんが訊く。 「いいんだよ」 みつこさんの疑問はもっともで、この4号車はグリーン車である。 時刻表を見ると、急行「能登」にはグリーン車連結と表記されている。ところが「ホームライナー鴻巣3号」にはグリーン車の文字がない。乗車整理券にもグリーン料金の設定はない。同じ電車を使うのに「ホームライナー」だけグリーン車が消えるのはなぜか。上野駅で、しかもわずか数分の間に編成を組み替えるわけにもいかない。 このような場合、グリーン車は連結されたままで、営業上「普通車扱い」される。わかりやすく言えば、グリーン料金を徴収せずにふつうに乗客を乗せるのである。このようなはからいを鉄道おたくの世界では「グリーン開放」などと言うが、グリーン料金を支払わずにグリーン車に乗れるのでけっこうお得だ。 もちろん「ホームライナー鴻巣3号」の常連客はこのことをちゃんと知っているから、この列車は4号車から座席が埋まっていく。グリーン車も普通車も同じ料金なら、早い者勝ちなのである。 私たちが席に着いた後も、通勤客が後から続々乗り込んでくる。 いったん車内に入れば落ち着いた空間だが、窓の外は慌ただしい通勤風景である。サラリーマンのおじさんやOLたちが階段を昇ったり降りたり、ホームを走ったりしている。電車はあちらこちらで出たり入ったりで、発車ベルがつねにどこかで鳴り響く。 4号車の座席は発車時刻までに満席になった。 8番ホームのベルが鳴り、18時40分、「ホームライナー鴻巣3号」が発車する。列車はゆっくりと上野駅の広い構内を走り始めた。 車内には鉄道唱歌のオルゴールが流れ、車掌から到着時刻などのアナウンスがある。右側を寝台特急「北斗星」の回送列車が通り過ぎた。 通勤のおじさんやOLたちは窓の外をぼんやり眺めていたり、居眠りしたり、新聞を読んだりしている。そしてみつこさんは列車が発車する前からおにぎりをもぐもぐ食べている。冷静に見れば、帰宅途中のおじさんのなかでおにぎりを頬張る姿も一種異様である。 「みちゃん、すごい勢いで食べてるな」 「おなかすいたんだ」 梅雨といっても雨はなかなか降らない。曇天である。まだ日も出ていて、明るいくもり空である。 このあたりは私の通勤ルートでもあるので、見慣れた風景が続くが、日暮里を通過すると京浜東北線の線路から離れて、電車の車庫や貨物操車場の北西側を通る。 王子付近で再び京浜東北線と合流、みつこさんが「王子だ」と叫ぶ。そろそろほかの通勤客から、「こいつら何者なんだ?」と睨まれそうである。 京浜東北線の電車を追い抜きながら、「ホームライナー」は家路を急ぐ。荒川の鉄橋を渡り、埼玉県に入った。川口通過。ぽつりぽつり、街に明かりが灯りはじめる。 おにぎりを食べ終わったみつこさんは窓の外を見ながら私に話しかけてくる。 「ビルの上にライオンが乗ってた」 どうやらパチンコ屋の上にそんなものがあったらしい。 「蕨だ。蕨」 みつこさんはどうも蕨という地名が気になるようで、かつて「蕨が採れるから、地名が蕨なの?」と疑問を呈したことがある。 二十分走って、最初の停車駅浦和に着いた。まだ降りる人は少ない。 「ホームライナー鴻巣」は上野駅でしか乗車できず、浦和以降の停車駅はすべて下車だけになっている。ホームの案内表示にも「乗車できません」と出ている。浦和から大宮方面に帰宅する通勤客もいるが、次の電車を待つしかない。乗車整理券の発売体制が整わないからだろうが、ちょっと気の毒である。 みつこさんが車内探検に出かけることになった。 「ラウンジ車両を見てきなよ」 「うん」 電車はぜんぶで9両編成であるが、グリーン車の二つ前の6号車には、ソファやカウンターのあるバーみたいなところがあって「ラウンジ」と呼ばれている。この列車の乗客なら誰でも使えるフリースペースで、帰宅サラリーマンの中には最初からこの車両のソファを陣取って、仲間と酒盛りする人たちもいる。 みつこさんが戻ってきた。 「どうだった?」 「酒盛りしてる人いなかった」 「そうなんだ」 「黙々と本読んだり、携帯いじったりしてた。静かだったよ」 さいたま新都心の巨大なビル群を横に見て、19時06分ごろ、大宮に着いた。 下車客も多く、4号車からも十人以上が降りて行った。 ずいぶん長いこと停車していた。やや遅れて19時09分近くに発車。遠くに見える東武野田線のホームには乗り換え客が波のように押し寄せている。 空はだいぶ黄昏れてきた。街にネオンが輝いている。 宮原は通過して、上尾に停車。いよいよ暗くなり、ネオンがだいぶ眩しく映る。 街らしい街が見えたのは上尾までだった。次の停車駅の桶川はすっかり住宅街で、街灯がぽつりぽつりと点るのみ。 「暗いからもう外が見えなくなったね」と、みつこさんが言う。 「駅の中に日高屋がある!」 「ロッテリアもあったよ」 「みちゃん、よく見てるなあ」 「まあな」 かつての関東平野の面影をみせる雑木林を走り抜け、北本に停車。続々と乗客を降ろして、19時40分、鴻巣駅二番線に到着した。 鴻巣に着くころには車内の乗客もいつのまにかぽつぽついるだけになっていた。 いつのまにか隣のみつこさんは熟睡している。ほかの乗客が降りていけば気配で目が覚めようものだが、すやすやと寝息を立てるばかりである。 「みちゃん」 まだ寝ている。 「みちゃん!」 「はああああうっ!?」 ものすごい慌てようである。 「終点だよ。鴻巣に着いたよ」 すでに車内は私たち二人だけとなった。忘れ物がないか確かめて電車を降りた。 薄暗い鴻巣駅のホームに、ファンの音を立てながら489系電車が停まっている。誰もいない車内に蛍光灯だけが明るく輝いている。 隣の三番線に、「ホームライナー」の後ろを走っていた前橋行きの普通列車が発着し、そのまた次の特急「あかぎ5号」が通過するころ、489系電車は次のバイト先へ向かうべく、ゆっくりと動き出した。 電車の左右に赤く光るテールライトが、暗闇のなかでだんだん小さくなってゆく。 「行っちゃったね」 回送列車を二人で見送って、私たちは家路に就いた。 |
| next page 三 |
| リストに戻る |